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空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
by willfiji
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「ウツボカズラの甘い息」 (読書no.297)

ウツボカズラの甘い息」 (著・柚木裕子)

「ウツボカズラの甘い息」 (読書no.297)_a0199552_11121283.jpg

文絵の手は子供たちを学校へ送り出すと、スナック菓子に手が伸びる。こんな暮らしが37歳の体を10歳も老けさせた。美容院にも行ったのはいつの頃だっただろうか、結婚した時文絵はスタイルもよく周囲から羨望を受けた美貌の持ち主だった。


もっとレベルの高い相手だったらと文絵は結婚に至る道を悔やんだ。熱意に負けてプロポーズを受けてしまった夫は普通のサラリーマン。夫は文絵が外に出て誰かと会うことを嫌う、文絵は働きたかったが夫は許さず夫の少ない収入の範囲でやり繰りしていた。


そんな中、中学の同級生だった加奈子に会う。加奈子は文絵の生活を一変させる。加奈子はフランスの有名化粧品の専属ライセンスを日本に持つ経営者。文絵の仕事は加奈子に代わって顧客に接し売り上げを拡大することだった。

小学生の頃から痩せたり太ったりを繰り返した文絵は自制する強さも持っていた。決心すると直ぐダイエットに励み、瞬く間に往年の美貌を取り戻した。文絵が説明する化粧品は売れ、文絵は多額の収入を得て行く。


生活も豊かになり夫との関係も改善された。夫は同級生の加奈子に会うことには何も言わず、文絵が今の生活を優先して考えるために自分の収入の中で生活費を使っていると考えていた。文絵は生活がこのまま続くと疑いを持つことは無かった。


物語は急展開する。加奈子が突然姿を消し、文絵は殺人犯の容疑者になる。


筆力が加速する。神奈川県警秦警部補と中川巡査がコンビを組まされ事件を追う。秦はベテラン、中川は
20代後半の女性、美しく気転も利く。中川の登場は物語を彩る


秦と中川は文絵と加奈子の小学生からの痕跡を丁寧に追っていく。その中で起こった数々の事件は偶然とは言い切れないものがあった。二人は見えない糸を手繰り寄せて行く。同級生の何人かは死んでいた。加奈子もその中にいた、文絵が会っている加奈子は誰か?


痴呆症病院やマルチ商法、未上場株式等の世相を反映させながら真相が見えてくる。


美貌は人にどんな影響を与えるのか?特に女性にとって何事にも変えられない命にも匹敵するものにもなる。一方美貌を簡単に捨ててスナック菓子に手を伸ばし肥満に陥る人も多い。美貌がもたらす恩恵は人それぞれに違う。美貌に対する価値観の相違でもある。


自制できる人間にどこまでなれるか。自制はストイックな生き方にもつながる。


ストイックの反対語は?と考えると浮かばない。ストイック=禁欲的なら反対語は悦楽的になる。禁欲と快楽では語れない人間の行き場があるように思う。自制できる人間はそのどこに位置したらいいのだろか?自分を律しながら美食に向かうということならできそうな気がする。



by willfiji | 2019-01-28 11:20 | 読書 | Comments(0)

「海とジイ」(読書no.296)

「海とジイ」 (著・藤岡陽子)
人生は短い、今日一日を限界まで生きろ。

「海とジイ」(読書no.296)_a0199552_12332078.jpg

ゆっくりした日常を描いた本を読みたかった。題名のジイという言葉が気に入った。


「明日は思うほど悪くはない」本の中で見つけた言葉がジイにつながる。


ボクが
90歳になった時、明日は思うほど悪くないと言えるだろうか。そして今は?これからこの言葉を持って生きればいいとも思う。 
ジイになる身がいぶし銀のようになるかもしれない。


物語は瀬戸内の島に関わる
3つの物語で構成される。
どこにもありそうな家族の話が胸を打つ。不登校になった小学生が島のジイに会いにいく話。医師が老齢になって閉院を迎えた医院に努めていた中年女性看護師とその医師のジイとの話。足を手術してランナーとしてスポーツ推薦を辞退することになった孫がジイの住む島でジイの昔話を聞く話。


3
人のジイの生き方はそれぞれであって失敗も成功もあった。あの時ああしておけばよかったというものではない。こうなったことをジイは悔いていない。ありのままに受け入れる。3人とも一生懸命生きてきてジイとなって孤独というより孤高と言った方がいい暮らし方をしている。


ジイというのは余裕のある言葉に感じる。無責任というほどでもないが責任が遠のく響きがある。温かな包容力のある言葉だ。


ジイは何でも許すわけではない。信念があってそれさえ侵さなければ許す好々爺でもある。


ボクはリタイアして直ぐ犬を飼った。我が家では
3頭目の3だ。1頭目が亡くなってから2年経って飼った2頭目の次男がまだ健在だった。

長男、次男は訓練所に入れてしつけをきっちりしたそれなりに優秀な犬として育てた。特に次男はとてもいい子だった。

いい子過ぎた面がどこかにあった。リタイアした時迎えた3男はボクが育てた。ボクは生涯教育で家庭犬教育者の資格を持っている。3男はもともと超活発な性格を持っていた。


犬の訓練をオビエンスという。オビエンスは服従という意味がある。そこに違和感を覚えた。教育だってプラクティス(訓練)よりラーニング(学習)と言われる時代だ。犬にとってのラーニングを考えて
3男を育てた。

優等生にはならなかったが活発さはそのままで人を噛むようなことは絶対しない犬に育った。ボクが思っていた犬に育った。その育て方をジイの育て方だと思ったのはいつの日だっただろう。
3頭の犬を知っているワンコ仲間はジイの育て方そだと笑ってる。


ジイとはいい言葉だ。子供がいないから孫からジイと呼ばれることもないが

「明日は思うほど悪くない」と思うジイにはなれそうな気がする。



by willfiji | 2019-01-19 13:17 | 読書 | Comments(0)

「日本オオカミの最後」(読書no295)

日本オオカミの最後」 (著・遠藤公男) 

「日本オオカミの最後」(読書no295)_a0199552_10420379.jpg

ニホンオオカミが最後に見つかったのは明治38年、その後絶滅したとされる。


残念なのは生きた姿の写真が一枚も残っていないこと。標本は日本に
3体しかない。

いずれも貧弱でその姿を代表するものでもない。海外にも2体あるが完全なものではない。


二ホンオオカミがユーラシア大陸に棲むタイリクオオカミの亜種だと解ったのはつい最近のこと平成
26DNA検査によってだ。


既に絶滅しているとされるオオカミを探し歩いた著者は
85の今この本を書いた。


岩手県に在住の著者はそこに住んでいたオオカミについて明治時代の記録を調べる。


オオカミは害獣とされ捕らえた者に金銭が与えられた。その金額は年収を超えることもあって何処の誰がどんな方法で捕らえたかが記述されていた。

著者はその住所と名前から親族ひとりひとりを探し出し昔話を聞き込む。同じ苗字の人も多い中既に孫世代以後になった今、見つからなかった人が多かったが何人かは捕獲者が祖父や曾祖父に当たる人がいた。オオカミの話はその中でもわずかだったが土地の名前と同じように歴史が語り継がれたものもあってオオカミの姿が想像された

その土地の中に遠野がある。柳田邦男の遠野物語の地だ。日本民俗学の一翼を担ったこの地が著者のフィールドワークの地になったのは何かの因縁であろうか?オオカミにまつわる昔話は遠野物語にもあって、明治前まではオオカミは人間と共存していた。オオカミはその名の通り神の使いでもあった。


イヌが人間のパートナーになったのは日本では1万年前の縄文時代からだ。人間はオオカミの子供を育ててそばに置き大事な食料を狙う動物に備えた。最初は獰猛だったオオカミはやがて人慣れする家イヌに進化していく。オオカミは神様になった。

明治時代に入って富国強兵政策がオオカミを悪役に仕立てる、特に岩手県は軍馬南部馬の産地で南部馬の畜産が盛んだった。同時に牛や羊の牧畜が始まった。

森が開拓されオオカミが食していた鹿などの草食動物が少なくなるとオオカミは馬や牛や羊を狙うようになった。オオカミ捕獲の懸賞金はこの畜産農家が負担した。西洋文明は猟犬も連れてきて同時に狂犬病やジステンバーももたらした。オオカミは劇的に減った。


岩手では明治
11年と12年の2年間で75頭のニホンオオカミが捕獲されている。時代を遡ればオオカミが日本中の山中に存在し野生動物の頂点に君臨していたことは間違いない。明治になってオオカミを絶滅に追いやったのは野生動物保護の考えが微塵も無かったからだと著者は悔やむ。二ホンカワウソも絶滅したが気がついたら消えていたのだ。


ついでだが南部馬も今では純粋種はいない。富国強兵政策は在来馬同志の交配を禁じた。西欧の馬に比べて小さくひ弱な日本の馬を外来馬と交配して軍馬に育てるという国策があったからだ。在来馬も人の所為で姿を消した。


種が消えるということは大きく二つの問題がある。一つは生物多様性の持つ持続可能な世界のバランスを崩すということ。

農林業が衰退するに従って野生動物が増えている。鹿や猿やイノシシの増大が問題になっている。頂点に立つオオカミがいないことが原因でもある。


もう一つは文化的側面だ。一度消えたら二度と生きた姿は見えない。
ドードーやクワッガ、フクロウオオカミやタスマニアタイガー、そしてマンモス、その姿を観たいと思うのは人間ならではの知性の探求で侵すことはできないことだ。


知らないうちに絶滅してしまった生物に対しての人間の罪は残念だが仕方がない面もある。

罪が重いのは辺野古の埋め立てのようにわかっていてサンゴや絶滅種を消滅させてしまうことだ。移植したと虚偽の説明をするなど重罪に値する。


ニホンオオカミは少なくともボクの祖父が生まれた頃までは日本各地に存在していた。その絶滅が人間の仕業であったと伝えること、これはボクたちの責任だ。



by willfiji | 2019-01-12 10:49 | 読書 | Comments(0)

「母の教え」(読書no.294)

「母の教え」 (著・姜尚中:かんさんじゅん) 

ベストセラーの著書「悩む力」から10年経った姜氏の最新エッセー。

「母の教え」(読書no.294)_a0199552_10263062.jpg

テレビでの著者の発言には共感させられる部分が多い。良心を感じさせるからだ。

悩む力に比べて熟成した文章が更に納得度を増す。


著者の逆境を思えば同じ世代のボクは順境の中で暮してきた自分の心の持ちようがこれほど熟成していないことに気づく。


氏は今亡き母の逆境を乗り越える教えに自分の行く道を定める。母の教えは「世の中には情のある人とない人がいる。情理を尽くすことが人の道」ということに集約される。


著者は父親が韓国から日本に渡り、許嫁である母親を祖国から呼び結婚、日本で生まれたいわゆる在日韓国人。国籍は韓国で妻は日本人。冷静な物言いはそうした環境で生きてきた重みの現れでもある。


「イムジン河」の歌は当時学生運動の中で「インターナショナル」と共に歌われたがボクもそうであったよう一過性のものであり懐メロになってしまった。「わが祖国、思いは遥か」と唄う。著者のアイデンテティーとして祖国統一がある。学生運動時、北朝鮮も韓国も独裁国家だった。

著者は祖国の民主化に在日として加わる。その中で金大中氏と出会い耐え忍びながらも志をあきらめず民主主義の実現に進む姿に感銘を受ける。


「金大中氏は竹林の七賢人のように、晴耕雨読、悠々自適のうちに読書と思索にふけり趣味や学問、芸術などの清談を愉しみ、汚濁の浮世に背を向ける生活を送りたかったと述べながら政治の道を選んだ。金大中氏は民主化こそが分断を乗り越え、国の安保に繋がる道であると倦まず弛まず説き続けた」と著者は著す。


金大中事件は氏が日本に滞在中に韓国に連れ戻され傷を負って解放された謎の多い事件である。日韓の政治決着によって真相究明されることはなかったが、金大中氏は大統領就任後日本政府に対して報復ではなく和解の手を差し延べた。日本の文化への深い関心を示し韓国における日本の大衆文化を解禁した。当時は非難ごうごうであったが日韓交流を先導したのだ。その後日韓関係は融和の時が続いた。


だが最近では時計が逆回りしている。著者が成熟的になったのも母の教えに向き合ったのも民主主義の要だった自制と寛容が失われていく現状があるからではないだろうか。


慰安婦、徴用工、そして自衛隊へのレーダー照射問題が日韓両国民を分断する。ナショナリズムをむき出しお互いの主張を言い合うだけの様相だ。そこには寛容も自制も見受けられない。


日本人としては日本側の韓国人としては韓国側の意見を支持するのが多数を占める。

冷静に見る良識派はこういった問題は有史以来ずっと隣同士では起こっていた普遍的問題だと語る。


小学生の喧嘩をどうとめたらいいか大人ならだれでも知っているはず。そんな姿を両国が見せて世界の模範生になる道を選ばないのか不思議でならない。お互いにバッシングしている者の愚かさを一笑に付す一人一人の知性が必要だ。少なくとも支持率が下がった両政権がナショナリズムを煽っていることに踊らされる民度の低さを争ってはならない。

著者の描く母の教えは普遍的なものだ。情が人間には備わっている。情を育むのは知性だ。著者は最愛の息子を失い政治学者としてのリベラル的発言からかいわれのない誹謗中傷を受け、夫人と軽井沢に移った。穏やかさが戻った日々の中で本書を著した。


逆境の中で著者を支えたのは洞察する知性である。庭に咲く高原の花たちに囲まれて晴耕雨読の時間を過ごす。著者は母のように自らの終わりがくることを自然に迎える準備ができていると同世代のボクに教えている。



by willfiji | 2019-01-08 10:33 | 読書 | Comments(0)

「昭和の怪物 七つの謎」 (読書no.293)

昭和の怪物 七つの謎(著・保坂正康)

「昭和の怪物 七つの謎」 (読書no.293)_a0199552_17262540.jpg
2019年、平成も残すところ4か月となった。天皇が年末に「平成の時代の平和と繁栄が多くの犠牲と国民のたゆまぬ努力によって築かれたことを忘れず戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えることが大切だ」と言われた。


昭和に生を受けた者として年初に選んだのがこの本だ。昭和史を正確詳細に記述している中に半藤一利氏の「昭和史」があるがそれはボクの中には既読として残っている。

この著は昭和史のコアな人に焦点をあて、多大な犠牲を払った戦争の史実を浮かび上がらせる。著者は
4000人からの取材を通して記述する。

天皇の正しく伝えるという意味は歴史の改ざんと修正がはびこる現状を指摘したものだということは明らかで歴史修正主義者の本とは根本的に違う取材力に基いたものだ。


戦争最大責任者は戦時中最も長く政権についた東條英機である事は異論を挟む余地はない。東條は陸軍大臣から総理大臣になった。推挙したのは天皇だ。天皇は好戦的な東条が総理になれば抑える方に回ると考えたがむしろ逆になってしまった。


東條は精神論が好き、妥協は敗北だと考えていた。事実誤認は当たり前、戦争は負けると思った方が負け、サイパンが陥落しても日本人はいざとなったら何くそとなって聖戦必勝で進むと考えていた。

日本がどれほどの損害を受けても敗戦とは言わない非知性の論理の持ち主、著者は安倍首相も同じ自制のない人だと断言する。


国民の命は国に捧げるものであると人権など全く考えない人であった。天皇を畏怖する人であったが戦争に勝つことが天皇に報いることだと思い込み戦争拡大に突っ込んでいった。

戦死者の多くは戦争そのものではなく飢餓や病気で死ぬ。東條の精神論は戦争を更に悲劇にした。


あの戦争はアジアの開放にあったという戦争肯定論がある。日本人としてそうであって欲しいと思うことはわかる。そう考えていた石原莞爾を著者は評価する。


石原を支持する軍関係者も多かった。石原は東條と対立したが追いやられた。

石原には哲学があった。この世界は世界最終戦争によって終結する。最後は東亜と欧米との戦いになる。そのために日本は中国と協力する必要があると東條の力による中国侵略に異を唱えた。

最終戦争で世界を治めるのは天皇かルーズベルトかと問い自由主義から統制主義の革新が求められるとした。
満州から撤退して中国と組むという主張だった。


戦後石原は東亜と欧米との間で世界最終戦争が行われるとしたのは自惚れであり中国には謝罪しなければならないと語る。著者は石原の反省を知らない者がいい所だけ取って戦争肯定者になっていると記す。


靖国への首相参拝が問題となったのは東條をはじめとする
A級戦犯が合祀されているからだ。天皇は合祀されてから参拝しない。


ボクは遺族会代表の古賀元幹事長の意見に保守派としての見識を知った。

古賀氏は毎月のように参拝するが壇上に上がることはしない。合祀は靖国神社の誤りだとする。戦死者の多くは無駄死。そうさせた戦争責任者を日本人の手で裁けなかったから東京裁判が戦争責任を明確にしたものでそれを受け入れなければ戦死者は報われない。

天皇に参拝してもらうためにも戦犯合祀は間違いだとする。首相としての参拝も否定する。侵略された側の立場にもなれと言う。


ボクはそれに加えて靖国があの戦争を肯定する付属施設の遊就館があることも問題だと思う。

死人に鞭うつようなことをしてはならないし死んだらみな同じだという優しい気持ちは大切だがそれを利用して皇国主観の持ち主が扇動している。

天皇を神として祀り上げ権力維持のために利用するそれは保守とは名ばかりの権力主義に他ならない。


著者は保守の人である。吉田茂の言をして安倍政権を批判する。吉田茂は非武装論護憲の立場だった。天皇を守るために憲法が作られたとする。アメリカは基地の使用が主であって日本の再武装は従であると語った。


日本は安倍政権によって戦争できる国に変貌させられている、それでいいのかとこの本は問う。石原莞爾は東條との対立を聞かれて思想も意見もない東條との間に対立もないと切って捨てた。その上から目線が彼を滅ぼした。

安倍首相を東條と同じ非無知だという著者は保守であってリベラルではない。非無知や反知性と言う言葉は上から目線的言葉と受け取られてしまう。人間には戦争はいけないという知性と闘争心という本能がある。反知性は知性が抑えた本能を表に出したものだ。


この複雑な思想の綾を国民が知るのは何年ぐらいかかるのだろうか。急ぐ必要はないかもしれない。歴史認識が正しく伝わる事を望む年初である。



by willfiji | 2019-01-04 17:39 | 読書 | Comments(0)