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パピヨンパパの思うこと
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犬から探る古代日本人の謎(読書no.299)

「犬から探る古代日本人の謎」 (著‣田名部雄一)
ヒトとともに生きてきたイヌの遺伝子が日本人のルーツを探る。

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イヌが家畜になったのは2-
1万年以上前、ウマが5000年前、ネコが4000年前。イヌと人の関係は特別だ。

イヌにはボクが飼っているパピヨンや幼いころ飼いたかったセントバーナード等と数える品種も
300400種いる。パピヨンは体重4k足らずだがセントバーナードは90kにも達するものがいてその多様性は他に類を見ない。

日本には日本固有の犬種が現存する。

北海道犬、秋田犬、甲斐犬、柴犬、紀州犬、四国犬等だ。


この本は
2500頭以上の日本、台湾、中国、韓国固有のイヌの血液から遺伝子を抽出、分析し日本人のルーツを探りつつ日本人の起源に迫る、ボクにとって読むことが運命づけられていたような興味津々の書だ。


日本人のルーツは縄文人がいて、その後弥生人が住むようになったというのは確かだ。

縄文人と弥生人と現代人の関係は色んな学説があったが最近の急速な遺伝子工学の発展によって全容が解明されつつある。


この本はイヌのルーツを遺伝子工学と生命工学でさぐり研究成果を更に深めたものになっている。


大まかに説明すれば以下のようになる。


縄文人は中国経由や台湾経由で南方からやってきた。既に家畜となっていたイヌを伴ってのことだ。狩猟民族として日本各地に縄文文化を築いた。

その後やってきた弥生人によって同化されたり追いやられたりした。アイヌの人と沖縄の人に顕著に現れる遺伝子は縄文人と類似する。北と南に追いやられた人の血筋を受け継いだ。


弥生人は朝鮮半島から日本列島へとやってきた人と縄文人が同化したと考えられる。やってきたのは農耕民族で遊牧民族ではない。ウマやウシは農耕の使役のための家畜だった。ヒツジがいないから遊牧民族ではないのだ。ニワトリは食料として飼われていた。

イヌも縄文人が連れていた狩猟のためではなく農産物を害獣から守る番犬だった。ネズミも駆除してくれたからネコはいなかった。韓国にいる珍島犬はネズミを捕る。


中国南部や台湾のイヌとアイヌと共に生活していた北海道犬が同じ遺伝子を持つことと中国北部や朝鮮の犬が柴犬や秋田犬などの日本犬と近似の遺伝子を持つことからも上記の日本人ルーツ説は信頼できるものになっている。


日本書記や古事記が伝える日本人のルーツの中で遺伝子的根拠が明らかになったものを我々は確かなものとして理解する。


著者は天皇についても言及する。神武天皇は神話の中でのこと天皇として認められるのは
10代目の崇神天皇からでその後何回も違う血筋の天皇によって引き継がれた。


著者はイヌを通して解明した科学的根拠をもとに天皇家の血筋についても書き及んでいる

時代錯誤の無知性な歴史認識の蔓延を危惧しているからだ。


天皇家が神武の昔から続く神の血筋を持つものと科学的根拠に目をむけることなく特別な国家と日本を祀り上げるひと人たちがいて戦前戦の戦争の道をまた歩む偏狭なナショナリズムをもたらしている。安倍首相自身がその中にあってコアな支持者が感情的に自国の優位性を説いている現状がある。イヌのルーツを調べながら著者はそうした社会情勢にも目をむける。


日本犬の
DNAを調べれば弥生人が朝鮮半島からこの日本にやってきたことは明らかで今の日本人のほとんどの祖先は中国や朝鮮民族と同じ祖先を持っていることがわかる。その点で言えば天皇家は朝鮮の豪族とは親族関係にあって日本書記が書かれたその後も朝鮮から皇族に嫁ぎ天皇家もその血筋が流れていることも史実。


今韓国との関係が悪くなっている最大の責任は両国の政府にある。本来政府は国民に良識を与える高尚なものでなければならないのに安倍政権は無知性さを露呈しそのことを恥じることもない。

日本、韓国両国民が両政府が嫌韓反日を煽っても動じない良識をもつことが今最も大事なことだ。秋田犬も柴犬も韓国の珍島犬と会ったらきっと尾っぽを振りあって仲良くするに違いない。



# by willfiji | 2019-02-19 10:25 | Comments(0)

「銀河鉄道の父」(読書no.298)

銀河鉄道の父」 (著・門井慶喜)

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詩人、宮沢賢治と父正次郎の物語。
正次郎が28歳、1896年明治28年長男宮沢賢治が生まれた。


正次郎は質屋の
2代目、商いは順調で初代喜助も健在だった。

正次郎は花巻一の秀才と言われたが喜助は質屋に学問はいらぬと中学に進むことを許さなかった。


孫の健治の進学も喜助は許さなかった。正次郎は喜助を説得して健治は盛岡中学、盛岡高等農学校へと進む。正次郎の賢治への愛情の深さはただならぬものがあった


正次郎が喜助の言うなりの人生を歩んだことに対するものであった。

賢治は体が弱く3度も大病に伏した。正次郎は店を休んで泊まり込み一心に看病した。


明治の父であるように普段あまり口を利かない父子であったが、病床の枕元で語り合うことで絆が深まって行った。賢治のすぐ下の妹トシも才媛であったが賢治と同じように病弱だった。賢治はこの妹を父親がしたように看病した。自作の童話をトシに聞かせる毎日が続いた。

トシは賢治に作家になるよう勧め、賢治は出版社に原稿を送ったが認められることはなかった。正次郎は質屋を次男に継がせ、賢治を援助した。


正次郎は浄土真宗の信者でもあり高僧を招いて講演を催していた。賢治は盛岡農業の教師となった。岩手の農家は貧農が多く耕作量も少なかった。賢治は土地改良に身を注ぎながら作家活動も続けた。正次郎の援助が無ければできないことだった。


妹トシが亡くなる。賢治の嘆きは童話の中に投影される。賢治の作品は岩手新聞に連載されるなどしたが中央では認められなかった。賢治は日蓮宗に傾倒していく。父と意見対立することもあったが正次郎愛情はその差異を超える。


父親の愛情が満ち溢れている小説である。宮沢賢治の背景が浮き出される。


ボクが「雨
ニモ負ケズ」をそらんじたのは小学生のころ。少年少女文学書で宮沢賢治の童話にも触れた。去年行った花巻の賢治記念館で「銀河鉄道の夜」や「注文の多い料理店」、「セロ弾きゴーシュ」等に再会してその奥深さに感動した。

イートハーブの丘
に立つと
37歳で夭逝したこの天才作家が伝える心に接する気持ちになった。

自己犠牲の何かを問う「銀河鉄道の夜」、ご都合主義の顛末を著す「注文の多い料理店」、多様性が自分を高めていく「セリ弾きゴーシュ」。

童話は人の成長に影響する。童話は人間の普遍性を易しく語る。

ただ最近不思議に思うのはイソップ童話の「北風と太陽」を読んだことが無い人はいないのに対立をあおる人たちが表面化したことだ。


人間は進化をためらっているのかもしれない。この本が読まれているのはそれに対する嘆きの声でもある。



# by willfiji | 2019-02-08 10:27 | 読書 | Comments(0)

「ウツボカズラの甘い息」 (読書no.297)

ウツボカズラの甘い息」 (著・柚木裕子)

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文絵の手は子供たちを学校へ送り出すと、スナック菓子に手が伸びる。こんな暮らしが37歳の体を10歳も老けさせた。美容院にも行ったのはいつの頃だっただろうか、結婚した時文絵はスタイルもよく周囲から羨望を受けた美貌の持ち主だった。


もっとレベルの高い相手だったらと文絵は結婚に至る道を悔やんだ。熱意に負けてプロポーズを受けてしまった夫は普通のサラリーマン。夫は文絵が外に出て誰かと会うことを嫌う、文絵は働きたかったが夫は許さず夫の少ない収入の範囲でやり繰りしていた。


そんな中、中学の同級生だった加奈子に会う。加奈子は文絵の生活を一変させる。加奈子はフランスの有名化粧品の専属ライセンスを日本に持つ経営者。文絵の仕事は加奈子に代わって顧客に接し売り上げを拡大することだった。

小学生の頃から痩せたり太ったりを繰り返した文絵は自制する強さも持っていた。決心すると直ぐダイエットに励み、瞬く間に往年の美貌を取り戻した。文絵が説明する化粧品は売れ、文絵は多額の収入を得て行く。


生活も豊かになり夫との関係も改善された。夫は同級生の加奈子に会うことには何も言わず、文絵が今の生活を優先して考えるために自分の収入の中で生活費を使っていると考えていた。文絵は生活がこのまま続くと疑いを持つことは無かった。


物語は急展開する。加奈子が突然姿を消し、文絵は殺人犯の容疑者になる。


筆力が加速する。神奈川県警秦警部補と中川巡査がコンビを組まされ事件を追う。秦はベテラン、中川は
20代後半の女性、美しく気転も利く。中川の登場は物語を彩る


秦と中川は文絵と加奈子の小学生からの痕跡を丁寧に追っていく。その中で起こった数々の事件は偶然とは言い切れないものがあった。二人は見えない糸を手繰り寄せて行く。同級生の何人かは死んでいた。加奈子もその中にいた、文絵が会っている加奈子は誰か?


痴呆症病院やマルチ商法、未上場株式等の世相を反映させながら真相が見えてくる。


美貌は人にどんな影響を与えるのか?特に女性にとって何事にも変えられない命にも匹敵するものにもなる。一方美貌を簡単に捨ててスナック菓子に手を伸ばし肥満に陥る人も多い。美貌がもたらす恩恵は人それぞれに違う。美貌に対する価値観の相違でもある。


自制できる人間にどこまでなれるか。自制はストイックな生き方にもつながる。


ストイックの反対語は?と考えると浮かばない。ストイック=禁欲的なら反対語は悦楽的になる。禁欲と快楽では語れない人間の行き場があるように思う。自制できる人間はそのどこに位置したらいいのだろか?自分を律しながら美食に向かうということならできそうな気がする。



# by willfiji | 2019-01-28 11:20 | 読書 | Comments(0)

「海とジイ」(読書no.296)

「海とジイ」 (著・藤岡陽子)
人生は短い、今日一日を限界まで生きろ。

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ゆっくりした日常を描いた本を読みたかった。題名のジイという言葉が気に入った。


「明日は思うほど悪くはない」本の中で見つけた言葉がジイにつながる。


ボクが
90歳になった時、明日は思うほど悪くないと言えるだろうか。そして今は?これからこの言葉を持って生きればいいとも思う。 
ジイになる身がいぶし銀のようになるかもしれない。


物語は瀬戸内の島に関わる
3つの物語で構成される。
どこにもありそうな家族の話が胸を打つ。不登校になった小学生が島のジイに会いにいく話。医師が老齢になって閉院を迎えた医院に努めていた中年女性看護師とその医師のジイとの話。足を手術してランナーとしてスポーツ推薦を辞退することになった孫がジイの住む島でジイの昔話を聞く話。


3
人のジイの生き方はそれぞれであって失敗も成功もあった。あの時ああしておけばよかったというものではない。こうなったことをジイは悔いていない。ありのままに受け入れる。3人とも一生懸命生きてきてジイとなって孤独というより孤高と言った方がいい暮らし方をしている。


ジイというのは余裕のある言葉に感じる。無責任というほどでもないが責任が遠のく響きがある。温かな包容力のある言葉だ。


ジイは何でも許すわけではない。信念があってそれさえ侵さなければ許す好々爺でもある。


ボクはリタイアして直ぐ犬を飼った。我が家では
3頭目の3だ。1頭目が亡くなってから2年経って飼った2頭目の次男がまだ健在だった。

長男、次男は訓練所に入れてしつけをきっちりしたそれなりに優秀な犬として育てた。特に次男はとてもいい子だった。

いい子過ぎた面がどこかにあった。リタイアした時迎えた3男はボクが育てた。ボクは生涯教育で家庭犬教育者の資格を持っている。3男はもともと超活発な性格を持っていた。


犬の訓練をオビエンスという。オビエンスは服従という意味がある。そこに違和感を覚えた。教育だってプラクティス(訓練)よりラーニング(学習)と言われる時代だ。犬にとってのラーニングを考えて
3男を育てた。

優等生にはならなかったが活発さはそのままで人を噛むようなことは絶対しない犬に育った。ボクが思っていた犬に育った。その育て方をジイの育て方だと思ったのはいつの日だっただろう。
3頭の犬を知っているワンコ仲間はジイの育て方そだと笑ってる。


ジイとはいい言葉だ。子供がいないから孫からジイと呼ばれることもないが

「明日は思うほど悪くない」と思うジイにはなれそうな気がする。



# by willfiji | 2019-01-19 13:17 | 読書 | Comments(0)

「日本オオカミの最後」(読書no295)

日本オオカミの最後」 (著・遠藤公男) 

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ニホンオオカミが最後に見つかったのは明治38年、その後絶滅したとされる。


残念なのは生きた姿の写真が一枚も残っていないこと。標本は日本に
3体しかない。

いずれも貧弱でその姿を代表するものでもない。海外にも2体あるが完全なものではない。


二ホンオオカミがユーラシア大陸に棲むタイリクオオカミの亜種だと解ったのはつい最近のこと平成
26DNA検査によってだ。


既に絶滅しているとされるオオカミを探し歩いた著者は
85の今この本を書いた。


岩手県に在住の著者はそこに住んでいたオオカミについて明治時代の記録を調べる。


オオカミは害獣とされ捕らえた者に金銭が与えられた。その金額は年収を超えることもあって何処の誰がどんな方法で捕らえたかが記述されていた。

著者はその住所と名前から親族ひとりひとりを探し出し昔話を聞き込む。同じ苗字の人も多い中既に孫世代以後になった今、見つからなかった人が多かったが何人かは捕獲者が祖父や曾祖父に当たる人がいた。オオカミの話はその中でもわずかだったが土地の名前と同じように歴史が語り継がれたものもあってオオカミの姿が想像された

その土地の中に遠野がある。柳田邦男の遠野物語の地だ。日本民俗学の一翼を担ったこの地が著者のフィールドワークの地になったのは何かの因縁であろうか?オオカミにまつわる昔話は遠野物語にもあって、明治前まではオオカミは人間と共存していた。オオカミはその名の通り神の使いでもあった。


イヌが人間のパートナーになったのは日本では1万年前の縄文時代からだ。人間はオオカミの子供を育ててそばに置き大事な食料を狙う動物に備えた。最初は獰猛だったオオカミはやがて人慣れする家イヌに進化していく。オオカミは神様になった。

明治時代に入って富国強兵政策がオオカミを悪役に仕立てる、特に岩手県は軍馬南部馬の産地で南部馬の畜産が盛んだった。同時に牛や羊の牧畜が始まった。

森が開拓されオオカミが食していた鹿などの草食動物が少なくなるとオオカミは馬や牛や羊を狙うようになった。オオカミ捕獲の懸賞金はこの畜産農家が負担した。西洋文明は猟犬も連れてきて同時に狂犬病やジステンバーももたらした。オオカミは劇的に減った。


岩手では明治
11年と12年の2年間で75頭のニホンオオカミが捕獲されている。時代を遡ればオオカミが日本中の山中に存在し野生動物の頂点に君臨していたことは間違いない。明治になってオオカミを絶滅に追いやったのは野生動物保護の考えが微塵も無かったからだと著者は悔やむ。二ホンカワウソも絶滅したが気がついたら消えていたのだ。


ついでだが南部馬も今では純粋種はいない。富国強兵政策は在来馬同志の交配を禁じた。西欧の馬に比べて小さくひ弱な日本の馬を外来馬と交配して軍馬に育てるという国策があったからだ。在来馬も人の所為で姿を消した。


種が消えるということは大きく二つの問題がある。一つは生物多様性の持つ持続可能な世界のバランスを崩すということ。

農林業が衰退するに従って野生動物が増えている。鹿や猿やイノシシの増大が問題になっている。頂点に立つオオカミがいないことが原因でもある。


もう一つは文化的側面だ。一度消えたら二度と生きた姿は見えない。
ドードーやクワッガ、フクロウオオカミやタスマニアタイガー、そしてマンモス、その姿を観たいと思うのは人間ならではの知性の探求で侵すことはできないことだ。


知らないうちに絶滅してしまった生物に対しての人間の罪は残念だが仕方がない面もある。

罪が重いのは辺野古の埋め立てのようにわかっていてサンゴや絶滅種を消滅させてしまうことだ。移植したと虚偽の説明をするなど重罪に値する。


ニホンオオカミは少なくともボクの祖父が生まれた頃までは日本各地に存在していた。その絶滅が人間の仕業であったと伝えること、これはボクたちの責任だ。



# by willfiji | 2019-01-12 10:49 | 読書 | Comments(0)