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「たゆたえども沈まず」(著 原田マハ)
この著者が気に入った。「これもいい」とコロナ自粛中にジム仲間が教えてくれた。 既読の「キネマの神様」は志村けんさんの訃報がもたらしたが、この本もコロナ禍の中、原田マハさんがロックダウンのパリで語ったインタビューが期待を膨らませた。 著者が思ったのはセーヌ川を見ながらゴッホならどう考えたかというものだった。 コロナ禍にある世界の指導者の中でメルケルを称え、安倍首相の発言は人の心に全く訴えないと答えた。著者に対する共感がますます高まった。 原田マハを教えてくれた友人たちに感謝するばかりだ。 「たゆたえども沈まず」、早口言葉のようないいまわしの難しい表題だが、意味することはゆったりしている。 セーヌの流れの中にあるシテ島をそれは示している。画家ゴッホがこの流れをどうしても描きたいともがき苦しんだ世界に案内する。 実在の人と実在しない人が登場する、重吉は実在しない人でナレーション役を果たす。 フィンセント・ファン・ゴッホ、弟テオドール、そしてゴッホの友人であるポール・ゴーギャン、日本とフランスを結んだ画商、林忠正の実在する人の物語が展開される。 明治初期、西欧化の波の中で忠正はパリの都こそが世界一美しい街だと知ってそこでの生活にあこがれ最高学府である開成高校(後の東大)でもフランス語づけの生活を送る。 当時最高学府に進む人が学ぼうとしていたのは英語であったがフランス語への執着はパリに向かう彼の心の結果であった。最高学府出身者なら官僚でも財閥でもその後の生活は保障されたが彼の眼中にはなく、中退してフランスへ旅立つ。 忠正はパリで画商の職を得た。フランス語が堪能で西欧のマナーを身に付けいつもスマートに臆することなく富豪たちと歓談する忠正は瞬く間に日本の美術を紹介する確かな知識人としての評価を得て、商いも順調であった。 忠正の後輩である重吉も同じようにフランスに興味を抱き、二人は夢を語り会う間柄になった。重吉は忠正に乞われて忠正の会社に入る。憧れたパリの街は重吉を裏切らない、忠正に指導され重吉はルーブルへ日参し美術の目を養っていく。 そんな中、テオドールを知る。テオドールはヨーロッパ一各地に支店を持つ画廊のパリ支店で沢山の顧客を持つ有能な社員だった。兄フィンセントも画商の道を歩いたが彼はあふれる画才を抑えきれず普通の生活や幸福を求めず画家の道を歩む事になった。 当時パリの社交界を顧客とするテオドールが商う絵画は古典派と言われる精緻で写実的な絵画だった。ギリシア神話が題材にされ、王侯貴族や富豪たちはそれを求め邸宅に飾り友人たちを招き競い合った。 パリ万国博が開催され日本文化が紹介されるとジャポニスムブームが起こり、忠正の画廊は日本人が扱う美術品の店として特異な存在となった。 歌川広重、葛飾北斎、北川歌麿などの浮世絵が紹介され日本では御伽草子に過ぎない版画絵が高額で取引された。パリの絵画も古典派に代わって新しい動きが出てきた。 モンマルトルを中心に風景などを描く画家たちの絵が新興富豪の目に留まりだした。 その人たちこそ印象派といわれる画家たち、モネやセザンヌそしてゴッホたちが描く絵画は日本の浮世絵に感化されモダンアートの源流を作ることになった。 忠正もテオドールも早くからこの新しい絵画の今までにない芸術性に気づきやがて大きな潮流になることを予感していた。 テオドールは日満しに先鋭化する兄のただならぬ才能を知ったが磨きがかかるほどに彼の精神が命を支えきれなくなっていった。 ゴッホの恵まれない日々を作者は兄弟の葛藤の中で描いていく。 人間にとって芸術がもたらすモノは何か?自分に湧き出る才能と世間の評価の時差が芸術家の幸運不運を決めてしまう現実。忠正は優しさと企みが両立する画商、確かな目を持つが芸術におぼれることはない。 パリに行く人のほとんどはポンヌフ橋に行ってセーヌ川を眺める。ポンヌフは新しいという意味を持つ。 ボクもそこで美しい街は何世紀も姿を変えないがセーヌの流れのようにパリは常に新しいと実感した。 ゴッホは死後その価値を認められた。認められることを望みながら認められなかったゴッホに悔やみはない。 自分の感性に忠実に生きるところまでゴッホは純化した。セーヌを描きたかったゴッホは「たえたえども沈まず」を求めてはいない。ポンヌフの橋でこのパリの街に魅入る人たちの心の光景の中にゴッホの絵は強く生きている。 「モネの睡蓮」、「セザンヌの食卓」と同様かそれ以上に「ひまわり」や「ゴッホの耳」がセーヌ川にたゆたえども沈まぬ姿をみせていることをこの本は思い出させてくれた。
by willfiji
| 2020-06-25 16:46
| 読書
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