「氷の轍」 (著・桜木柴乃)
北海道釧路の海岸で老人の死体が発見される、お嬢と呼ばれる婦人刑事と定年間近の老刑事キリさんが死因を解明していく。
北原白秋の「ふたりで居たれどまだ淋し、ひとりになったら尚淋し、事実ふたりはやるせなし、事実ひとりは尚耐え難し」の詩に触れてこの物語は時を行き来する。
白秋の詩は誰の心にも響くものがある。
ふたりとは恋人同志でもあり、家族を構成する基でもある。生まれたその時は母がいた。父母と子というのが一般的な家族だが一般的でない家族の形も多数ある。
人間はそれぞれの家族構成の中で生まれ、生き、死んで行く。
殺されたのは一生独り身だった男、自殺か他殺か何も分からなかった。
お嬢とキリさんが調べる中で男は青森出身、裕福な家庭に育ったが、父親が騙され家族離散、大学中退の過去があった。
更に釧路に住む姉妹との関係があぶり出される。
その姉妹は幼い頃母親に捨てられ、姉妹も離れ離れになった。母親は若い頃に男が慕った人であった。男は姉妹を救うことができなかったことを背負ってその場を去った。
月日が流れ男は釧路で暮す姉妹を知った。姉妹は名乗り合うことなく知人として暮していた。姉の方は妹だと知っていたが過去を意識的に忘れた妹の心を重んじた思いがあった。
男が偶然に古本屋で自分が昔姉妹の母親に贈った自分のサインが残っていた北原白秋の本を見つけたのは妹がかつての母親そっくりでそばに寄り添う人が姉であると確信した時だった。
「事実ひとりは耐え難し」、男は姉妹、親子が名乗りあう繋になればと心底思う。
その思いは母親、姉妹の願いではないことを解さない。
人同志は思いを確かめることなく関係を続けることの方が上手くいくことが多い。そこに言葉はいらない。
全てを明らかにすることがいいのか?今のままでいることは罪深いのか?考える必要のない所で関係が成り立つのが社会だ。
著者は人がひとりで生きる淋しさと誰かがいるという煩わしさ間で自分の立ち位置を決めかねる人間のやるせない世界をミステリーの中で描き出す。男を殺したのは誰か?理由は?
読書好きの友人が勧めてくれて初めて知った著者、桜木柴乃。ボクお気に入りリストに加えたい人になった。