「愛犬王・平岩米吉伝」(著・片野ゆか)「狼と生きて」(著・平岩由伎子)
動物文学という定期書籍を刊行しそのジャンルを確立した平岩米吉を語る本。
この人の名前が動物に関係する本の中で度々登場する、「動物文学」とはどんなものなのか?この2冊で知る事ができた。
「子鹿物語」や「シートン動物記」によって動物愛を育まれた人は多いだろう、ボクもその一人だが、この翻訳を世に紹介したのが「動物文学」だ。
米吉にとってこれは当時片手間の仕事だった。彼が本当にしたかったのは、一生を通じて彼のそばにいた犬たちと人間との関わりを研究し
犬と一緒に暮らすその素晴らしさを紹介することだった。
彼は犬族の
狼、ジャッカル、コヨーテ、狸、狐まで飼っていた。
ニホンオオカミは死滅していたが、朝鮮オオカミや大陸オオカミを犬のように飼い研究論文を「動物文学」に掲載した。
この2冊の本には明治、大正、昭和と彼の犬との暮らしが書かれていて、犬の風俗史にもなっている。彼は資産家で愛犬のシェパードを連れてお抱えの車で銀座に行き、銀ブラを楽しむ。戦争前の優雅な時代だ。よく訓練された犬はノーリードだ。こんな自由が日本にあったことを知る。ボクはドイツのように訓練すれば
犬とノーリードでどこでも行ける世界を夢みている。
戦時中、犬も大変な時代だった。犬を飼うのは非国民、大事な食料を分けなければならないからだ。殺処分や毛皮を軍備品にするために全国の役所が動いた。軍に供出するくらいなら共に死のうと投稿された文がある。街から
犬がいなくなった。
米吉が狼を普通の犬のように飼った事には驚くばかりだ。亡くなると頭骨を残し犬との違いを発見し、絶滅したニホンオオカミやエゾオオカミの骨を判別する事に貢献した。
縄文の頃きっとオオカミは人間の近くに住んでその中で人間に慣れたオオカミが次第に日本の犬になっていったと思うと
犬と人間との壮大なロマンが拡がる。
豊作の時は神として凶作の時は災いを招く動物として日本人の心の一角を担った日本オオカミの姿をもう
見ることはできない。海外からもたらされた狂犬病と都会化によって彼らの餌が激減し家畜を襲うようになったために、毒殺や猟銃によって、あっという間に姿を消してしまったのだ。
ボクがボランティア活動をしている多摩動物園には10頭のヨーロッパオオカミがいる。
ある時間になると一斉に
遠吠えをする。その姿は正に犬の祖先を思わせる。
観ているとふと撫でたくなる時がある。米吉ができたように
ボクにもできるような気がする。