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パピヨンパパの思うこと
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「虚空遍歴、上・下」(読書no.282)

虚空遍歴、上・下(著・山本周五郎)
 

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これで周五郎の長編を全て読んだことになる。「虚空遍歴」は周五郎晩年の作品、ますます上質な作品だった。


中藤沖也は侍出身の浄瑠璃語り、
10代の時から才能を見込まれ、習った常磐津から沖也節を創設する勢いだった。


沖也の唱が江戸中で歌われた。沖也の名声の後ろ盾には陰ながら上演を応援する岡本という料理茶屋の存在があった、沖也が岡本の娘、京を娶るのも自然の流れだった。


岡本に出入りする度に京は沖也の世話をし、沖也も気に入っていた。

京は聡明で美しく沖也節を起こす妻としてもふさわしい気性を備えていた。


沖也の周りには常磐津の人ばかりではなく歌舞伎役者や台本作家や座元の人たちが集った。

ある日、沖也は浄瑠璃を幼い時から共に学んだ生田半次郎から沖也節は岡本の後ろ盾があってのものと明かされる。

それなら自分だけの力で新作を世に出そうと試みる、沖也節は人生を知らない若者の唄という批判が耳に入る。


沖也には妥協を許さない侍の血か流れている、自立を目指した沖也は後ろ盾を無くし新しい芝居を上演する機会も失う、沖也は上方での公演で再起を図るために大阪へ旅立つ、京は別段止めることもなく旅費を用立て、その後の資金も送ることにする。


その時京のお腹には子が宿っていたが沖也は気にも止めず上方へ向かう。


上方芝居は実事、江戸芝居は荒事,と言われる。芝居の内容が違うのだ、上方芝居は人々の暮らしや心情を映したものが演ぜられる。一方戦国の英雄伝等の将が主役になるのが江戸芝居だ。文学で言えば周五郎は前者で司馬遼太郎は後者だ。


上方への旅で沖也は市井の人たちの生きざまに触れる、新たな沖也節の生みの苦しみが始まる、沖也は何度も病に伏す、今でいうストレスで胃の腑がやられ食欲がなくなる、痩せて体力も落ちていく。更に苦悩を和らげるために手にした酒が体を鞭打つ吐血するようにもなった。


病に苦しみながら街道を進む沖也をいつも助ける女人がいた。芸妓屋の娘、けいである。


けいは沖也の歌を初めて聞いた時から身に染みるただならぬものを感じ、芝居小屋へ通った、一度だけ沖也に引き合わされたことがあるが沖也は覚えていない。


けいは男好きのする自分の体を知り、何人かの旦那も持ったがその時は一人身、


沖也への思いは男と女のものではなく沖也の唱そのものへのあこがれだった。


旅の間に陰ながら援助をしていたがやがて沖也の知ることとなり、共に旅する二人となった。同部屋であっても関係を持つことはなかった。


上方に行き、新しい沖也節が上演されるに至ったが沖也はそれを壊してしまう。

沖也の武士の魂がいつも災いをもたらす。沖也は芝居が上演されている金沢をめざす.


沖也は人生経験を積む度に沖也節を更に深めなければと思い悩み酒を手にする。

思いは胃の腑を悪化させる。悩みながら三味線を手にする沖也にいつも寄り添うけい、

起きられない日が続いてもけいは献身的に看病する。


周五郎がつけた本題の「虚空遍歴」の世界が繰り広げられる。芸の道を究めるのは仏と同じ道を歩むようなものだ。


「苦しみつつ、尚働け、安住を求めるな、この世は巡礼である」。


対照的な愛の姿を周五郎は「京」と「けい」で描く。沖也の悩み以上に読者の心を捉える。


沖也の命が幾ばくも無いと思った時、けいは京に手紙で知らせる、京は急ぎ籠で北陸今庄をめざすが間に合わない。

けいに会って沖也の最後の時のことを聞いた時も取り乱すこともない。けいは沖也と男と女の関係は無かったと話すがどうでもいいことのように無視される.

けいの心はつぶれるほどの悲しさを覚える。周五郎の実事は円熟味を超えて愛の難解さをみせつける。


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# by willfiji | 2018-10-08 16:03 | 読書 | Comments(0)

「青べか物語」(読書no.281)

「青べか物語」 (著・山本周五郎)

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山本周五郎を読み続けている。「青べか物語」の評価は別格のものだがボクは未読だった。

読み進むうちにその特異性がわかった。著者は自分の文学は大衆文学ではないという理由で直木賞受賞を辞退したとか、では純文学か?と思ってみても「樅ノ木」も「さぶ」もそうとは言えない。疑問はこの「青べか」ではっきりした。まさに漱石のように書かれていた

時は昭和初期、浦粕という東京近郊の海辺の人たちに起こる日常を描いている。


著者は
25歳の一年間を浦安で過ごした。そして30年後この本を著した。2著者は貧乏なその日暮らしの若者だった。童話や短編を雑誌に載せわずかな原稿料で暮していた。海へそそぐ川岸でスケッチしたり本を読んだりしていたから街の人たちから先生と呼ばれた。

蒸気船が人々を運ぶ船乗りが住む街でもあった。漁船は近海の貝採りを生業にして仕分けする工場があった。貝殻を石灰にする工場もあってそこでは男も女も裸で働いていた。船着き場には居酒屋が並び、女給が酌もすれば春も売った。


東京から近く釣り船屋があって漁場を案内する船頭たちが雇われていた。恋があって愛があってちょっと破廉恥な日常があった。子供たちはマセていて男と女の行為を悪びれることなく大声で歌った。先生はその中でもインテリだったが25歳の若者でもあった。


「べか」とは小舟のこと、使い物にならなかった古い船を著者は買わされる、修理してもらって何とか浮かんだ。青いペンキで塗りなおしたから「青べか」と言う名前をつけた。


「青べか」を漕いで子供の遊び道具のような釣り竿でスズキやフナを釣りそれが貧しい食卓を飾った。


著者は時代小説作家と言われるがこの本は昭和初期のノンフィクションである。
30年経って著者はどんな思いでこの本を書いたのだろうかボクは当時の社会に引き込まれながらそんな考えに至った。

大家となった著者は若き日の自分に還ったのだと思う。その中に女の子が出てくる。きっと著者が恋した子だろう。著者は昭和
4263歳で他界する。あっという間の人生だった。


「上智と下愚は移らず」と言う言葉を著者は遺す。人は天才でもなければ愚人でもない。そのどちらでも無い中での人生がある。海辺の人たちを描いて、同じ人生なら上智をめざす人生を送るべきだと
30年経った著者は言いたかったのではないだろうか。


著者自身が若者に戻ったらその後どんな人生を送ったかを考えたのかも知れない。

読書はいつも自分の中にある心情を理解させてくれる、大衆文学でも純文学でもそれはかわらない。


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# by willfiji | 2018-09-14 16:00 | 読書 | Comments(0)

「ツキノワグマ」(読書no.280)

ツキノワグマ」 (著・山崎晃司) すぐそこにいる野生動物。

著者を動物園ボランティアの勉強会で知った。

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シカやイノシシ、サルやクマが人里に出現し人間由来の作物を荒らしている。


そんな報道が頻繁になった。今やシカは
200300万頭、イノシシが80100万頭、ニホンザルは1520万頭が生息し、毎年何万、何千と言う数の動物たちが捕殺されている


クマも例外ではない。生息数はヒグマを合わせても
2万頭に過ぎないが出没すると人に危害を与えることもあって大きなニュースになる。

毎年50件から150件の人身事故が起こり、その中で死亡事故に至るのは多い年で数件、3000頭が捕殺されている。


少し前までは再び山へ返したことが多かったが最近は捕殺が圧倒的に多い。


捕殺処分を決定するのは国ではなく市町村、当然担当者に専門家が少なく、捕殺に対する動物愛護者からの厳しい指摘と被害農家や近隣住民からの排除の声の間にコンセンサスの行き場に迷う現状がある。


著者はツキノワグマの生態を多くの人が知ることが、絶滅危惧種である日本のツキノワグマと共に生きる社会をつくるとこの本を著した。


クマが日本列島にやってきたのは
30万年から50万年前、人は4万~5万年前だ。現在本州と四国にツキノワグマが生息し、九州は絶滅した模様である。北海道にはツキノワグマはいない。いるのはヒグマだ。


四国のツキノワグマは
30頭ほどで絶滅寸前の状況。


野生動物保護に懐疑的な人がいる。野生動物が人間にとってどんなメリットがあるのか?という理由だ。あえて挙げればツキノワグマは地球温暖化によって植物が北上や高地移動する時、その種子を糞で運ぶと言ったメリットがある。


それがなくとも野生動物保護は人間としての使命ではないか。

韓国では絶滅したツキノワグマを輸入してまた森で生かそうとしている。見習うべきだと思う。


「クマの生存理由を問う必要はない」と著者はどなたかの言葉を使って断言する。


地球上に住む野生動物は数パーセントに満たない、家畜と人類がそのほとんどを埋める。

ボクの活動している多摩動物公園には「道産子」と呼ばれる馬がいる。「北海道和種」が正式名。少し前までは北海道で農作業に使われていた馬であのばんえい競馬の馬ではない。


トラクターや耕運機によって使用価値が無くなったこの家畜馬を前にもういらない馬ではないか?と質問する人がいた。その時、ベテラン動物説明員は見事に切り返した。道産子は文化です」と。
動物は生きているだけで大切な存在だ。


ツキノワグマは奥多摩や箱根にも生息する。最近では人家のそばに出没するようになった。

著者の話で面白かったのは今野生動物が増えている理由の一つに森の拡大があるというもので、日本の森林は数百年単位で考えて今が最もこの国土を覆っているということだ。

奈良時代の仏教建築から日本人は森林伐採を続けた。森を捨てたのはつい最近のことと納得する。日本の動物たちは日本文化と共に生きてきた。


キャンプしていてクマにこそ会わないがシカやサルに出会って自然を感じる。絶滅していなくてよかったと思う。それがいい。


ツキノワグマの体重は60~80キロ、多くの人が思っているより小さめだ。食肉目という種にあるが食糧の90%は植物種や昆虫から取っている。


自然保護だからと言って人間に危害を加えることを学習したツキノワグマはやはり殺処分するのがいいと著者は一方的にクマ保護に走らない。増えすぎたシカやサルを管理処分するのも残念だが仕方がない。そのコントロール力が今後ますます求められる

極端な排除主義と過激な動物愛護
に偏らない生息区域を結んだ小さな地町村だけに任せない国の政策が必要だ。これから進む里山の過疎化とそれに伴う野生動物の増加にどう取り組んだらいいかを著者は提示する。


野生動物といえばアフリカやアマゾンのことだと思いがちだがそうではない。日本人と共に日本の動物たちが生きていけること、それが問われている。


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# by willfiji | 2018-09-08 16:17 | 読書 | Comments(0)

「世界史序説」(読書no.279)

世界史序説」 (著・岡本隆司) アジア史から一望する。

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資本主義の終焉といわれる世界の状況がある。第2次世界大戦後の米ソの冷戦を経て、世界は地域的な紛争はあっても平和と融合の方向に向かっていた。


日本も戦争のない平和な日々の中で民主主義国家として先進国の仲間に入り、先頭集団を走った。そんな景色が変わってきたのは日本では安倍政権の東日本大震災後からで、イギリスの
EU離脱、アメリカのトランプ政権誕生と時を同じくする。


何れの国も国民が選ぶという手順に従っているから首をかしげるのだが、今までとは違ったベクトルが働いているのは確かなようだ。

そんな中でこの本が評判になった。もう一度世界史を見直してこれからの見通しを持ちたいという人たちが多いことの証でボクもそんな気分でこの本を手にした。


アジア史とあるから東アジアを中心に書かれているのかと思ったら違った、文明の発生をユーラシア大陸の中ほどに置いた展開だ。

著者はシルクロードを境界とした遊牧と農耕の歴史から世界史を観る。


遊牧は武力において農耕を上回り世界を支配した。

権力は武力によってもたらされる


ローマ市民は自ら武器を持たなくても傭兵によって力を持ち、モンゴルのチンギスカンは遊牧の首領であったがオリエントの文化人や農耕民族を従えて大国を治めた


我々が身近な中国の支配者は南の農耕と北の遊牧が交互に入れ替わる歴史を持つ、ちなみに明国は南、清国は北で日本が担いだ満州国溥儀は清朝最後の皇帝でもある。


ユーラシア中央が世界の中心であった時代から、辺境だった西欧が歴史の主役に躍り出るのが近代である。スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリスと世界のリーダーが変わるがヨーロッパが近代を主導したことに変わりはない。

著者はヨーロッパと同じように辺境の日本がきわめてヨーロッパに近い形で近代化したとこの本のテーマを明かす。

近代日本が文明開化を迎えたのは辺境で漢字、仏教、儒教の影響を受けながら独自の文化を築いてきた。


ヨーロッパの台頭から二つの戦争を経てアメリカがその先頭に躍り出る。


そして今、資本主義の終焉といわれる現象であるアメリカファーストを標榜するトランプ政権の誕生はアメリカが世界のリーダーから降りる象徴でもある。


トランプと同じようにプーチンや習近平といった大国の指導者の強権なふるまいは歴史の流れに逆らうものだが歴史はいつもらせん状に進む、人間は常に正しい道を歩むわけではないからだ。

日本の安倍政権も残念ながらその道を行く、理想通りにはいかないという理性や良識に目を閉ざすポピュリズムが政権を支えている。


しかし、新しい潮流も起こっている、脱原発や核兵器禁止条約、地球温暖化阻止に向けるパリ協定、マイクロプラスチック抑制などがそれだ。どれも日本政府は前向きではないが、日本国民として推進の姿を世界にみせたいものだ。


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# by willfiji | 2018-09-02 15:42 | 読書 | Comments(0)

「樅ノ木は残った上・下」(読書no.278)

「樅ノ木は残った上・下」 (著・山本周五郎) 

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山本周五郎を読みだしたらこの本は外せない、これも再読の書だ。
1100ページに及ぶ長編は仙台伊達藩に起こった「寛文事件」をめぐる家老原田甲斐の生き方を描いたもの。


この本もボクの現役時代に大きな影響をもたらしたものだと改めて思う。


原田甲斐は男らしい男であった。女性を蔑視するわけではないがボクも男らしく生きることを信念としていたが原田甲斐のように滅私奉公は嫌いだ。


その点を除けば信念を貫く姿はきっとその頃のボクに勇気を与えてくれたと思う。


NHK
の大河ドラマで放送されたのはボクが読む以前のこと、吉永小百合が少女から成人になるまの宇乃と言う美しい女性役を担った、多分ボクが高校生の時に見て、心トキメイタことは想像に難くない。


伊達藩は外様の大名で加賀と薩摩と同じ大藩であり、徳川幕府は目付を置いてその動向を監視していた。甲斐は一ノ関に所領を持つ伊達兵部の陰謀阻止にその生涯をかける


兵部は幕府筆頭家老と共謀し伊達
60万石を分割しそのうち30万石をもらい受けようと企んでいた。甲斐は身を挺して伊達藩存続の礎になる。逆臣の汚名を浴びることで藩を救う。寛文事件によって罰せられたのは甲斐であった。周五郎はこの本を書いて甲斐の汚名をはらした


甲斐は妻を別離し子にも愛情を注がなかった、全て藩のための行動であった。仲間にも部下にも心を見せず兵部の陰謀を覆すその日に備えた、多くの犠牲者が出ても黙して真意を語らなかった。人間はここまで自分を犠牲にできるのだろうか。

著者はあとがきで語る。


「書いたのは史実ではない、信念を曲げず男らしく生きたという原田甲斐や取り巻く人たちの生き方の物語を書いた。甲斐が罪を犯すはずはない。真実が甲斐の姿から導き出されそれこそが史実なのだ。」


真実は振舞いから見出すことができる。太平洋戦争や慰安婦問題など歴史を捻じ曲げて語る人がいる。彼らに「歴史を勉強すればそんな結論は出ないはずだ」と識者がよく言うのはこのことだ。当時の日本軍の振舞いが動かぬ証拠だからだ。


読書は振舞いから真実を導き出す能力を磨く。
かつて読んだ時からこの考え方を心に留めてボクは生きてきたと思う。


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# by willfiji | 2018-08-26 12:06 | 読書 | Comments(0)