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空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
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ひとり白虎(読書no305)

「ひとり白虎」 (著・植松三十里)会津から長州へ。


会津と長州、明治維新で明暗を分けた。佐幕と薩長土肥はどっちが正しかったのか数多の小説が生まれた。

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明治維新は日本が近代国家に脱却する偉業であった。アジア諸国は欧米の植民地となったが日本は国家の体裁を保った。各藩が教育に力を入れて世界でも類を見ない識字率の高い国民だったからだ。薩長土肥が顕著だが幕府及び関東、奥羽諸国も同じかそれ以上の教育制度を持っていた。


維新の情勢を客観的にみれば尊皇攘夷と開国を各藩がどう認識したかにある。

幕府は開国、一方特に長州は吉田松陰が教える松下村塾出身者が占め攘夷の先鋒だった。明治維新を担った長州志士が開国に変説した流れは面白いがこの本からはずれるからまたの機会に譲る。


幕府は大政奉還し長く続いた徳川の世が終わる。江戸城は無血開城したが会津はそうはいかなかった。それに先立つ長州征伐からの怨念もあって最後まで攻める長州の力が働いた。薩摩の西郷隆盛は会津に寛容であったから長州は今でも会津の人に嫌われている面がある


会津鶴ヶ城からの煙を飯森山から見た少年兵士たち白虎隊がもうこれまでとお互いの喉元に刀を向け自刃したのは有名だ。その中で生き残ってしまった最年少の貞吉がその後どのように生きたかがこの本の主題だ。


少年の心は純粋だ。切腹自刃するのが潔いとされる。藩主のために飯森山で全員腹を切る。その事を知らせるために一人残されたと知った貞吉は死ねなかった不名誉が心の傷となった。生き残りと言われる事を恐れ死を望みながら死に至らせなかった同志たちの思いを抱え込んで生きなければならない我が身を疎んじた。


この戊辰戦争によって長州は覇者となり明治政府の中枢を薩摩と共に持つに至った。

貞吉は長州人楢崎頼三に見いだされ、長州で学問の機会を与えられる。会津に帰えれば貞吉は死にぞこないと見くびられ、会津藩の将来も決まらない状況を知っての頼三のはからいであった。敵国に恩を与えられるのを屈辱として貞吉の態度は頑なだ。少年だからこそ持つ感情であった。


会津には什の教えがあって「ならぬことはならぬものです」は有名だ。


貞吉の優秀さを見抜いて長州に伴った頼三は貞吉に諭す。

「ならぬことはならぬとは兵士を育てる教育だ、ものを考えさせず命令には絶対服従、それでは兵士しか育たないとそれに対して松陰は自由闊達な議論をさせて自分の頭で考えることを教えた」と。


これが小説の面白さである。松陰の思想は高杉晋作など下級武士が新しい世の中を作った元祖と評価されるがその後富国強兵そして皇国主観軍国主義へと繋がった。


松陰の両面を知って歴史を語ればいいが、歴史修正主義者は皇国主観の中で松陰を崇める。安倍首相の行動を諫めて「ならぬことはならぬ」と会津の教えが使われるのは彼が歴史修正主義者であることに起因する。


松陰の基本的思想には皇国主観とは対峙する個人尊重があったこと、それが下級武士といえども教育されていた者の心に響いたと知ることが重要だ。


貞吉は重い過去を背負い通信の技術を磨く。海外からの情報をいち早くキャッチするその頃の時代の最先端を行く職業だった。全国を巡る中貞吉は決心してついに白虎隊が眠る飯森山を訪れる。貞吉は実在の人、その後少年たちの思いを語り継ぐ、藩主のために命を投げ出した若い純粋な気持ちに誰もが心打つ。

歴史は人間の無常を刻む。君主のために死ぬことを美化してならないのはその純真さを汚すものだからだ


貞吉にとって共に自刃すればその後の苦難を負うことはなかった。生きて語る貞吉が言いたかったことは美化される白虎隊ではなく生きて死に所を求め続けた貞吉こそ維新を導いた武士の姿だということではなかっただろうか。



# by willfiji | 2019-04-19 12:38 | 読書 | Comments(0)

「愁の岸」(読書no.304)

「愁の岸」 (著・杉本苑子)

女性作家の歴史書には優しい響きが感じられる。ボクにこの本を教えてくれた人もそんな感じのスポーツジム仲間、こんな本を読んでいるなんてなかなかの人だ。


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主人公平田ゆきえは鹿児島藩家老、本は彼が幕府の命による濃尾木曽三川の大規模治水工事の総奉行の任を負ったことから始まる。


鹿児島藩は
77万石の雄藩、琉球、奄美諸島を併合し海山耕地に恵まれた豊かな藩だと考えられていた。しかし内実は多くの借金をかかえ藩はやり繰りによって何とか支えられているのが実体だった。

豊臣方についた島津家を所領安堵した徳川の措置は寛大ではあったがその後無理難題を持ちかけて島津家の財力が高まることを防いだ。徳川家の外様大名に対する策略がそこにあった。


名古屋で育ったボクは濃尾平野が身近だ。木曽川、長良川、揖斐川が豊かな土を運び、

古くから尾張は肥沃な土地だった。大地は東の木曽川と西の揖斐川の東高西低の川底がもたらす水害によって醸成されたものでもあった。

農民は豊かな実りと引き換えに度重なる水害被害も受容して日々その備えに当たっていた。暴れ川の治水は濃尾を統治していた徳川御三家のひとつである尾張藩積年の思いでもあった。


その大規模工事総費用及び工事お手伝い方という人員の派遣を幕府が鹿児島藩に要請したのだ。この命を受けなければ戦うしかなく戦えば鹿児島藩が大国であっても幕府に滅ぼされるのは明らかだった。


幕府が見積もった額は
30万両、家老平田はそれ以上の出費があると計算した。費用はすべて借財で賄うしかなく、その上不足分を埋めるために藩民の税負担は倍増され藩士の俸禄は半減どころかそれ以上にもなり、各戸から家財その他私財を売り払って供出させなければならなかった。


島津藩主重年は病弱であったが賢人であった。藩士たちの反幕府に決起する勢力を抑えその理不尽を受ける道を説いた。


平田家老もこの難題を受ける以外に道なしとして多数の反対藩士を説得し、濃尾の地に彼らを伴った。


鹿児島から遠く離れた濃尾の地、慣習も言葉も違うこの地で難工事が始まる。


土地の郡代や幕府派遣の目付け役との軋轢の中で平田家老は屈辱に耐えながらその仕事に邁進する。大阪や京都商人の下に何度も通い借金を頼み、
30万両以上かかる費用をこつこつと捻出していった。


お手伝い方薩摩藩武士たちとその地の役人たちの衝突、薩摩藩の置かれた立場は費用を出す者であったが常に幕府の監視下におかれた弱い立場であった。たびたび衝突がおこり鹿児島藩に理があっても武士ゆえに責任を取って自決する者も多く無念の涙を抑える日々が続いた。その上伝染病が流行り郷里から遠く離れた土地で病に倒れる者も続出した。


なぜ他国のために犠牲にならなければならないのか?派遣された武士たちの疑問は募るばかりであった。


濃尾の農民の為に薩摩藩の力によって治水工事が進めば後世までもその偉業が語らえると大儀を説くものも現れた。平田家老にとってその言葉は心労を更に増すものになった。


著者の女性らしい視点がここにある。読者に日本の大戦を連想させる。


日本の戦争はアジア諸国に対しては侵略戦争であったが当時それはアジア諸国の開放という大義が掲げられた

殆どの兵士が飢え死に満州をはじめアジア各地では敗戦を知った軍部上層部が真っ先に逃げ帰り邦人は置き去りにされた。天皇のために命を捨てることを教育された若者が次々と訓練中途に戦闘機に乗り海原に散った。


そして今あの戦争の大儀を持ち出す歴史修正主義を主張する人が日本の総理大臣になっている。人は自分のためそして愛する人のために生きる。社会秩序はそのために必要なのだ。


国家に従え、強い者に従って生きろという統制社会では人は幸せにはならない


鹿児島藩家老平田ゆきえは工事が終了した時、命を絶つ。


人の生きるべき道を違えてまで藩のために薩摩武士の多くの命を奪ってしまった責任を取ったのだ。責任と言う言葉を軽く使う安倍首相とこの平田家老の振舞いは対極にあることは間違いない。



# by willfiji | 2019-04-12 18:55 | 読書 | Comments(0)

ネコ科大型肉食獣の教科書(読書no.303)

「ネコ科大型肉食獣の教科書」 (著・秋山知伸)

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大型のネコ科動物といえばライオン、トラ、チーター、ヒョウ、ジャガー、ウンピョウ、ユキヒョウがあげられる。この本はその7種をあげるがそれにピューマを加えて8種が世界に棲む。動物園では人気抜群の動物たちだ。


ペットの犬
と猫派は半々だが犬科動物のオオカミ、ジャッカル、キツネ、タヌキに比べると動物園の人気ではネコ科に軍配があがる。その中でもコアな人たちに圧倒的人気なのはユキヒョウで多摩動物園では多くのマニアがカメラを手に柵の前に陣取っている。


著者も大のユキヒョウファン、ファンが高じて研究者にもなり野生のユキヒョウを追うためにフリーランスフォトジャーナリストの身で自由を得ている、短期就労で貯めては野生の大型ネコ科動物を追い世界中を駆け巡る。その思い入れがこの本すべてに写し出されている。


ネコ科大型動物の雑学を披露すれば犬科動物の多くは群れで過ごすがネコ科動物の殆どが繁殖育児期を除いて単独で過ごす。その中でライオンだけが群れを成す、オオカミのように群れで狩りをするから大型動物を狙うことができる。


ネコ科動物は雨を嫌うが水を厭わないのがトラだ。チーターは速く走るために柔軟な細い体を持った、だから獲物を採ったら素早く食べるか樹上に持って行き他の動物に取られないようにしている。爪もすぐ走るために出たままで他のネコ科動物とは違う


横浜ズーラシアではチータと草食動物を一緒に展示していてシマウマに追い立てられるチータを観ることができる。


ユキヒョウはヒョウよりトラに近い、岩山で走り草食動物を捕る、そのためのバランスを崩さないための太くて長い尾や岩山に同化するための紋様は最も優雅な姿を作り出す。


著者は野生のユキヒョウを観るために何日も高山で過ごす、極寒と戦いテントに寝泊まりしその一瞬を待つ。数十万円を費やすその時が無残にも訪れることなく旅を終えることもある。ユキヒョウが棲む土地は国境の定まらない戦場でもある。障害を越えても観たいと著者を後押しするのは野生動物の迫力ある神秘的魅力だろう。


動物園なら手軽に見られるその姿は野生とは全く違う。常時食を求める野生動物は毎日が死との戦いだ。定時に食事を与えられる飼育動物とは全く違う。


哺乳類の中で野生動物は4%、家畜が
60%残りは人類が占める。

野生動物絶滅の危機は人類がもたらしている。その中にあって動物園の役割は重要だ。


動物園の動物を見て想像力を膨らませ野生状態に思いをはせるためにも著者のような人が必要だ。著者は資金の乏しい中で奮闘しユキヒョウ保護のために基金を立ち上げ現地の人たちと協力している。


野生動物を知るために
TVは絶好の媒体でNHKの「ダーウィンが来た」や「ワイルドライフ」がおススメだ。ただ著者はNHKの取材は何百万もかけて大規模だがその費用効果は小さいと嘆く、やはり大名商売なんだと思う。


NHK
の偏向が指摘されているのは特に政治部、今や政府広報に成り下がっているのが現状だ。動物番組を支えているのは文化部だろうか、民意に反した辺野古埋め立てでジュゴンが死に希少サンゴが絶滅に追いやられている。そうした番組をつくるべきではないかと思う。

著者はユキヒョウの保護には戦場と化す地域や長年の戦争で疲弊した経済事情によって密漁が横行した面が大きいと記す。野生動物の保護には政治が大きくかかわっているのだ


ジュゴンの生死がどうでもいいような政権にこの国を任せてはいけない。この本からも同じ結論が導かれる。



# by willfiji | 2019-03-29 12:11 | 読書 | Comments(0)

巌窟王・モンテクリスト伯 上巻・下巻(読書no.302)

巌窟王・モンテクリスト伯 上巻・下巻」(著・アレクサンドル デュマ)

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翻訳者黒岩涙香(るいこう)が新聞連載を始めたのが1901年(明治34年)、パリでデュマが発表したのは1845年だから約50年を経ている。

黒岩の翻訳を底本とする本書は上下で
1000ページにも及ぶ。主人公ダンテは團友太郎(だんともたろう)、恋人メルセデスはお露、船主モレルは森江と言う名前で登場させる。


巌窟王の話はビクトルユーゴーのレ・ミゼラブル(ああ無常)と同じように戦前戦後を含め多くの少年少女が児童文学書として接した。


ボクも何度か読んだ記憶がある。児童書とは違う本書を読むきっかけは防衛について与党議員がモンテクリスト伯を座右の銘としたと言った時、文学書出版の編集者がそれならば日本の防衛費増に反対ではないのかと鋭く問う報道番組を見たからだ。


日本は少年少女期に童話や文学に親しんだ人たちが多くいて日本の平和はそれを育む環境があるから維持されてきたと思うがこの与党議員のように変説してしまう人がいるのも事実だ。


主人公團太郎は婚約の席上反乱の疑いで逮捕され島流しにされる。婚約者露子に片思いした次郎と團の有能ぶりに嫉妬した段倉の企てだった。時はナポレオンがセントヘレナ島に流されていた時。團は無実を訴えるが王政派の蛭峰判事は裁判も行わず團を島の土牢に入れてしまう。

團が真っ暗な土牢から死人の埋葬袋に入って脱獄したのは十数年を経た時だった。


團の逆襲がはじまる。物語は恨みを晴らすとはどんなことか?目には目を歯には歯をテーマにデュマは次々と復讐する團の姿を描く。読者は最初痛快だがやがてモンテクリスト伯となった巌窟王團の行動に疑義を抱くようになる。

人間にとって大切なのは何か?奪われたら奪い返すのが正義か?この永遠のテーマをモンテクリスト伯の苦悩としてデュマは
1000ページの大作で問う。


凶悪人によって殺害された家族が死刑を望む。すべての戦争が防衛の名のもとに始まる。

日本政府は北朝鮮に対して対話より圧力を選択する。意味のない軍拡チキンレースはいつまでも続く。最近の日韓状況は子供の喧嘩に似て良識から遠く外れる。

モンテクリスト伯は遂に罪に陥れた全ての人に復讐し恨みを晴らすことになる。


彼が旅立つ船上で見せた涙の意味を読者は沈鬱な思いで知る。

モンテクリスト伯は今一度読み直すべき古典である。


少年期にこの本を読んだことがないか理解力に乏しかったのか変説したのか。軍拡を支持する人たちはそのいずれかではないかと思うからだ。



# by willfiji | 2019-03-21 12:09 | Comments(0)

民主主義の死に方(読書no.301)

「民主主義の死に方」 (著・スティーブン レベツキー他)

二極化がする政治が招く道。司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える。「合法的な独裁化」が世界中に静かに進む。

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トランプ大統領の登場によってアメリカの民主主義が危機にあるとする研究者の書、世界各国でベストセラーになっている。


トランプ大統領が多くの専門家の予想に反して誕生し、独裁的であっても支持基盤を強めている理由を解明し、最悪の事態を回避する方向を示している。


この傾向はアメリカのみならず既に独裁国家になってしまった南米の国々やロシア、トルコ、フィリピンの情勢を歴史的に分析しながら、極右の台頭を大局的見地から抑え込んだフランスや北欧政府の例を出し民主主義の崩壊を食い止める可能性を著している。

この本の対象は日本ではないが、安倍政権にあまりにも類似している。1強多弱という政党政治は安倍首相をますます奢らせ、法治国家としての規範を失っている現実がある。民主主義が死んで行く過程は安倍政権がやっているそのものであることに驚くばかりだ。


著書は「選挙で選ばれた独裁者は民主主義を壊そうとする。裁判所その他の中立機関を巻き込んで自分の武器に変えメディアと民間部分を買収し政治のルールを書き換えて対立相手に不利な状態を作る。結局のところ政府の運命は市民の手の中にある、市民が独裁主義者を進んで受け入れようとした時、民主主義は危機にさらされる。

そうであっても民主主義を守る砦があるそれは政治エリートたちであってフィルターとして機能しているかどうかにかかっている。選挙で選ばれた指導者を市民が信用出来ない時、議会制民主主義基盤が弱まっていく。市民が自ら選んだ指導者の言葉を信頼出来ない時、選挙の価値は下がっていく」と著す。


マスコミ各社での世論調査の結果は安倍政権がこうした独裁政治である証拠となる。人柄が信用できないと答えた人が
60いるのに40%の人が支持する。自民本流の意志は安倍氏の政治思考とは異なるのに多数が安倍氏を自民総裁に選ぶ。国会議員が民主主義のガードレールになれず、国民が政治家に善を求めない社会になっている。


著者は民主主義の復活を寛容と自制の政治家を国民が選び国会議員をはじめとする政党幹部らの政治エリートが民主主義擁護の理性を持つことを切望している。


フランスのマクロン政権は極右のルペンが大統領になる事を左右の両陣営が日ごろの主義主張を自粛することによって協力し拒んだ結果誕生した。

安倍政権の独裁が日本の民主主義をむしばみ倒壊させる前に国民が気づき政治エリートが自らの使命に忠実になる事をこの本は強く訴えている。



# by willfiji | 2019-03-02 17:20 | 読書 | Comments(0)