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パピヨンパパの思うこと
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サピエンス全史 (読書NO.211)

サピエンス全史 上・下」(著・ユヴァルノアハラリ)読書NO.211
文明の構造と人類の幸福。


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人類の中でただ1種が生き残ったのが我々ホモサピエンス。

生き物の頂点に立ったサピエンスは
5万年の歴史を作り今、地球の運命を握る。


人間が生きるために「私たちは何になりたいか」ではなく「何を望みたいか」を考えていくことだとこの本は示す。


ホモサピエンスが自分たちより大きな肉体を持ったネアンデールタール人を滅ぼしたのは、協力して敵に向かう術を持ったからで、人を同じ方向に向かわせるには少人数なら簡単だが群になると「想像力」が必要になる。狩猟民族から農耕民族になり集落が大規模になるにつれて「想像上の秩序」必要になったのだ。


神、帝国主義、資本主義、自由主義、が想像上の秩序としてどのように生まれたかを丁寧に述べる。


この本が世界的ベストセラーとなっているのは今の政治的環境を反映したものだと思う。


ナチスドイツが自らを優れた民族としてユダヤ人を虐殺したのはダーウィンの進化論を根拠にしている。
優秀な民族を残すことが正義だとし他民族を迫害した。日本も近隣諸国の人たちを蹂躙した。


愚かな戦争を体験した人類は民族に優越はないと協調の世界を作ったが今世界はもとより日本人の中にも差別発言をまともにする人が出てきている潮流がある。


世界が右傾化している表れとして自国ファーストを訴える人は自分たちを優秀民族だと言わないまでも他国の人は自分たちより未成熟だから自国にその影響を及ぼしてはならないという論理で支持を得ている。

協調から排除への移行はホモサピエンスの歴史を後戻りさせているような動きだ


日本の復古主義者たちは日本独自の文化を必要以上に誇りそれを守れと言う。正しい認識が欠けている。
日本文化が影響を建国の時から受けた中国や朝鮮を嫌い、明治政府が取り入れた脱亜入欧思想を根底に持つ。

安倍首相がトランプ氏やプーチン氏と接近し習近平とはそうはいかない理由がそこにある。

太平洋戦争がアジア人解放の戦いで侵略戦争はなかったという彼らの主張と白人に劣等感を持ち追従していることは矛盾している。だがそんなことにも気づいてはいない。


この本は日本のアニミズムにも言及する。神道だ。神々がいろんなところにいて神々同志も争うからとても人間的だ。
世界の歴史は多神教から一神教に移行するが日本は神道が残る。


日本で面白いのは皇国史観が多神教である神道から生まれたことだ、アニミズムの世界はギリシアの神々のように物語の中で信じればいいものを、明治政府が軍隊を動かすために使った天皇を神様とする思想になった。皇国史観だ。

軍隊を動かすのは強制だけで組織するのは不可能で、神、名誉、母国、男らしさ、お金、それらの何であれ信じている必要があるから皇国史観が生まれたのだ。皇国史観は純粋な神道とは違う


著者は決して悲観論者ではない。

平和社会の揺り戻しという時かもしれないが著者は悲観論者ではない。戦争や犯罪行為によって死ぬ人は1,5%しかない。


サピエンス
5万年の歴史の中で今が一番平和だという。

これは国際関係の緊密化によって各国の独立性が弱まってきたことによる。

多くの人が特定の民族や国籍の人ではなく全人類が政治的権力の正当な源泉であると信じて人権を擁護して全人類の利益を守ることが政治の指針だと考えるようになってきたのだ。


戦争は利益にならず平和の利益はあまりにも大きいと理解したのだ。

日本は平和憲法によってその中心にあった。


今、北朝鮮に対する先制攻撃というとんでもない問題が出てきている。武力では平和は築けない、無知からくる揺り戻しの思想を抑え、冷静に行動しなければならない。
あくまで外交で解決することを貫くべきだ。


パン屋を和菓子屋に変える道徳教育や教育勅語の容認、集団的自衛権、秘密保護法、共謀罪等。日本は平和国家の道を捨て核禁止条約にも反対する国になってしまった。


サピエンスの
5万年の大きな流れは時に逆流する時もある。


戦争で死ぬ人が有史以来最低であるのは知が無知を上回る人類の歩みを示している。

安倍政権を支持する
53%の人も無知ではない。
揺り戻しの期間が長期になることが杞憂となれば幸いだ。



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by willfiji | 2017-04-16 17:31 | 読書 | Comments(0)

天井の葦 (読書NO.210)

「天井の葦 上・下」(著・太田愛)読書NO.210


共謀罪法案
がまたもや強行採決で立法化されるような情勢の中、この小説は権力によって報道が抹殺されていく危険性を示した話題の書である。

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本当に日本はどうなってしまうのだろうか?共謀罪はテロ対策とのまやかしで日本を監視社会にしかねない、人権侵害の法案だ。太平洋戦争に国をあげて突き進んだのは反対する人たちの口を塞ぎ死に至るまで拷問で追い詰めた治安維持法が威力を発揮したことによる。治安維持法そのものになり得るのが共謀罪だ。

戦争に反対する人たちを売国者とか非国民として国民自身にも監視させ、意見の合わない者を排除した。共謀罪は一般の人には関係ないという、一般の人とは政権に賛成する人で戦前は国のため、天皇のために命を投げ出す人だった。


国のために死ぬのはいいことだ
という無知性が顔を出している。人が生きていくための基本的人権をわがままなことだと矮小化する戦前復帰思考に酔う極右が安倍政権支持者のコアにあって政権が否定できない状況にあることが危険なのだ。


この本は政権首脳がメディアを政府の方針を宣伝するための道具として考えている状況を描き出す。どんな時代の報道の中にも権力にすり寄る者たちがいる、自分の下劣さを処世術や政治力と思い違いした人たちだ。


毎日の報道番組で田崎何某や山口何某といった人が頻繁に登場しジャーナリストにはあり得ない政府擁護の発言を繰り返す姿は見苦しいものではあるが少なくない視聴者が引きずられている面があることも現実だ。


ひとつの国が危険な方向に舵を切る時、その兆しが最も表れるのが報道であって
報道が口をとじ始めた時はもう危ないとこの小説は読者を現実の世界に引き戻す。


安倍政権が長期化して報道に口出ししてから報道の切れ味が鈍ったことは確かだ。
何人ものキャスターやコメンテーターが姿を消している事を目の当たりしている。


報道が萎縮していると発言を強めているのが池上彰氏だ、彼は左翼でもリベラルでもない良識派だが相当なバッシングがあると明言する。ネトウヨによって非国民、国賊といった言葉が広がり普通に暮らす人々の間に幅を利かせている。


池上氏は少しでも政権に批判すると様々な圧力が加わりその対応に消耗してしまいかねない状況にあると訴える。秘密保護法ができてから報道の自粛が始まったという。共謀罪は監視社会をつくり更に政府の姿勢を察して動く行動が報道を包むことになる。


人々が政治に対して無関心になり言われるままになっていく、それは民衆主義の崩壊だ。


安全という名目で危険が迫り自由がなくなっていいのかと国民は真剣に考えなければならないだろう。
ボクがこんなことを書いても問題のない社会を続けることにつながる。


北朝鮮のミサイルに対して日本も先制攻撃できる体制を作れとびっくりするような発言が出てきた。こんなことに賛成する人は今少数だと思うが、やがて国論となってしまうかもしれない。

太平洋戦争が起こったのはそんな国民の意識があったからで戦前復帰の思想は戦争を肯定したことから生まれている。

3次世界大戦が起こるような無知性な世界を止めるためには小さな火であってもひとつひとつ消していく国民の強い意志が必要だ。


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by willfiji | 2017-04-07 16:16 | 読書 | Comments(0)

いのちの場所

いのちの場所」(著・内山節)


3
つの考え方で物事を見るといいと「ローマ人の物語」の中で塩野七生が書いている。
3つとは「法律」「」「哲学」だ。


哲学視点」でとらえたこの本は「いのち」をテーマにその生き
ることとは何かを語る。

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東京と群馬の二重生活をしている著者は群馬県上野村の人たちと接して生きるという意味が深化した


都会では人間関係は極めて薄い。村では人間同士の関係で成り立つ生活がある。


重要なのは自然を感じる世界だ、都会では自然を感じることは少ないが村では自然との一体感が人を包む。


都会と村との比較の中で著者は生きるとは何かを問い詰めその中で「いのち」に考えが及んでいく。


「いのち」とは今で「生きる」とは未来だ


現在のいのちが自然との一体感の中にあって生きる意味があれば不安はないという。

自然との一体感のない中で真剣になればなるほど未来は不安にみちている。


村での生活と都会での生活を考える中でこの本は個人や国家に及よんで展開する。


国家とは何か、個人という考え方はいつごろ生まれたのか、哲学的思考が神と法も語る。


自分が死んだらすべてが無くなる、人間は国家がない時代も生きていた。国のために死ぬなどの思想は近代になって出てくる。


こんな哲学をボクの文章力で表すことは永遠に無理だと思う。


その問いに著者は「いのちとは何かは自明のものではない、理論的に永遠に自明にはならないもの、文化的文脈の中で諒解するものがいのちだといってもよい」と答える。


ボクは自然の中に立つ自分も都会の便利さの中にいる自分も自分であると認識している。


この本が教えるのは自然の中にいる自分は都会にいる自分より純化されているということだ。ボクにとってヨガや瞑想はそんな場を提供している。


諒解する自分であるために暮らしの中で自分のいのちに沿った生き方をみつけていくことがボクの生き方になる。

自分のいのちは自分だけのものではなく、他者や自然や、思いを寄せる人々と共有していくものだと諒解していく生き方だ。


深く静かな思考に導く哲学の時間の中で「おのずから」という言葉がボクの中に残った。


生と死を包み込む風土の中に「おのずから」を諒解する自分であることができるだろうか、


著者の問いに対する答えをみつけていきたいと思う。


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by willfiji | 2017-03-28 17:54 | 読書 | Comments(0)

いま憲法は『時代遅れ』か

いま憲法は『時代遅れ』か」(著・樋口陽一)主権と人権のための弁明


今ほど憲法が問われたことはない。もし改憲のための国政選挙が行われたら、改憲は反対多数で平和憲法は守られると思うが、憲法
9条をオブラートに包み、2院政や教育無償化等の問題と共に提示されたらどのような結果になるか想像できない。

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おかしなことを言うトランプ氏や繰り返す戦争の反省で生まれたEUからイギリスが離脱する等をみると改憲に過半数を得る状況が日本にないと言えない。


何冊かの憲法についての本を読んだがこの本も憲法の本質を解く憲法学者の書だ。


著者は憲法論の基本が「主権と人権論」にあるとする。権力から国民が身を守るために憲法がある。

国のために戦うという姿勢が問題となった集団的自衛権容認を違憲だと多くの憲法学者が示したのはこのことだ。


今話題の森友学園の教育勅語問題も書かれている主語が皇族になるから憲法違反で教育してはならないことになったのだ。

親を大事にするといった福徳を重んじる部分に共鳴して何が悪いという輩を無知性とするのは福徳の受け手が天皇の国家であって天皇がいままでやってきた世界を続けることこそ平和なのだという皇国史観そのものが間違っているから無知性と言うのだ。


ボクは憲法
9条は守るべき日本の基本だと思っている。
それを軸足にして政治を行うべきであって日本の誇りだとも思うのだが改憲の人たちの中には無知と言って切り捨てることのできない人もいる。


考えの浅い人から深い人までいるその考えも知って、この本が何を導いてくれるのかと考えながら読んだ。


浅い所では憲法はアメリカによって押し付けられたというものがある、自主憲法論だ。


海外からの移入だから日本独自の憲法をつくるべきという考えはその主張者が復活を願う明治憲法もヨーロッパの立憲主義を取り入れ日本の不平等条約からの開放を願ったもので移入した憲法だと一蹴する。
もちろん聖徳太子の
17条憲法はインド・中国仏教文化をその源にしていて、開明的であったからできたものだということに異論はないだろう。


他にも日本が敗戦によってポツダム宣言を受諾し敗戦責任を担わされた憲法が日本国憲法だという主張がある。
それは全く違っていると著者の答えは明快だ、


ポツダム宣言は合意で受諾されたもので日本人が持っていた民主主義の回復が記されている、日本は明治維新後近代思想を受け入れて民主主義が育っていた。大正デモクラシーや男性だけであっても普通選挙実施や政党政治等だ。

民主主義国家を天皇が統帥する軍事国家に作り変えたのだからその誤った道を正すためにポツダム宣言はあるとわかりやすく答えている。


共謀罪が国会を通ろうとしている。これは治安維持法という自由な発言を封じた戦前最大の悪法になり得るものだ。

統制は反対を抑える手段でもあって政権が長期になればこんな法律が出てくる。


自由を守るために憲法があるのだが、自由ということを考えると法律で縛ることに矛盾があるのでないかとジレンマに陥る。


著者は「自由の敵には自由を与えてはならない」という。共謀罪は自由の敵だ。


人間には『人類普遍原理』がある。

憲法を多くの国が変えているとの主張にアメリカの独立宣言やフランスの自由・平等・博愛といった硬性憲法があると指摘している。


同じ敗戦国であるドイツには自由で「民主的な基本秩序に手を触れる変更はゆるされない」という大きな縛りがありアウシュビッツは無かったとうのは認められない。


平和憲法こそ日本の理性と寛容の精神が生かされたものだ。時代が抑圧と排除へ向かうことを止めなくてならない。
いかなる国との戦争も放棄した憲法
9条は人類普遍原理そのもので変えてはならない硬性憲法だ。



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by willfiji | 2017-03-22 10:13 | 読書 | Comments(0)

終わった人

終わった人」(著・内館牧子)

話題のこの書は多くの「終わった人」が持つ共通の思いを描いている。

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主人公田代は東大法学部卒という学歴を持ち一流企業に就職しサラリーマン世界の階段を駆け上った、絵のようなエリートの道を歩む。ボクらの多くがそうであったように企業戦士として競争社会に挑み会社に貢献することを生き甲斐としてしゃにむに働く


役員を目の前に田代は主要コースから外され子会社に異動となる。不服ではあったが子会社の役員となりそこでも懸命に働く。この物語は田代が専務取締役を最後に退職者として第2の人生を歩む所から始まる。


散り際千金」を心した彼は延長雇用して会社にしがみつく姿を許さなかった。彼の誇りは退職しても続く、田代とボクとは同じことと違うことがあると感じながら読み進む。


「思い出と戦っても勝てねぇんだ!」「思い出は時がたつほど美化され力をもつ」。
いい表現だが退職すると現役時代の仲間たちとの飲み会での会話は時がたてばたつほど美化されていく、ボクは罪のない会話だと思う。一生懸命働いたことを語り合える仲間がいることはいいことだ。


退職後田代はスポーツジムへ通うがボクと違うのはそこで出会う人たちをジジババの世界だと壁を作って融和しない生き方だ。ジムには田代のような男たちがいる。きっと会社ではそれなりの地位を持っていたのだと思うがひたすらマシンに挑んで笑顔さえもったいないと運動に励む人たちだ。

ボクはジムで顔を合わせた人とは挨拶をかわし、今では顔見知りの人たちが沢山いて、地元でたまに飲む仲間もできた。

女の人たちの多くはおしゃべりに夢中で面倒なこともあるがそんな時は放って運動すればいいのだ。会社と違って上下関係がないから生身の人間が試される。


田代はジムで会った若き経営者に頼まれ会社経営に携わることになりのめり込んでいく、ボクも退職後一年の間を置いて友人の会社の顧問になったから、ビジネスは退職してからも未練があるものだと理解できる。

田代はビジネス一直線の人、それを貫く、
そして・・・・・。


 ボクは同期の中でも働いた方だと自負するが、絶えず自分の中にもう一人の自分を置いていた、マルクスのいう疎外されない自分を作ってきた。
「朝に狩猟を昼に魚を夕べに家畜を夕食後に批評を」という言葉を旨としていた。多様な自分でありたいと限られた時間を趣味と仕事に割り付けた。


 ボクが思う最も自分が自分でなくなったのは最後の職位であった経営トップの時だった。トップの位置についたことは美化すべき思い出かもしれないがボクにとっては貴重だけれど一番楽しくない時だった。


「人生なんて先々前持って考えて手をうってもその通りいかない」、内館牧子氏とは面識はないがボクの大学の先輩だ。「感性の開放」という建学の精神が共通して生きているように思う。


終わった人が心するのは「衰え弱くなることを受け止める品格をもつ」ことだと著者は言う。

品格が問われるのは日本社会と同じ命題だ、自分らしく受け止めて生きて行こうと思う。


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by willfiji | 2017-03-16 17:07 | 読書 | Comments(0)

キャスターという仕事

キャスターという仕事」(著・国谷裕子)
言葉の力を信じて。

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著者が画面から消えて、もう1年にもなる。
彼女を辞めさせたNHK会長も代わったがまだ安倍首相は高い支持率に支えられている。


帰国子女の著者は英語力が買われて国際ニュースを担当し、BSからゴールデンタイムを担うニュースキャスターに成長した。この番組はなんと
23年間3784回と他に類を見ないニュース番組となった。この本はニュースキャスターの役割を余す所なく伝えている。


キャスターはアメリカやイギリスではアンカーと言われる、人々の偏見を取り除き深く考えてもらうためにキャスターが機能するのだ。


人々が無知であることは危険だと指摘する。

無知は恐怖をうみ、恐怖は怒りにかわる。やがて怒りは殺意につながるからだ。


著者が辞めさせられたのは管官房長官とのインタビューと沖縄の基地問題のニュースが
きっかけだった。
時代が大きく変化する中で物事を伝えることが難しくなってきたと著者は長年のキャリアを踏まえて発言する。


著者はキャスターとして問う力を発揮して国民の立場に立って安保法制の矛盾を問い。沖縄の人の立場に立って辺野古移設の問題を正したのに過ぎない。現政権は国民が無知であることを願っている


多様化する社会には多様化する意見がある。合意形成が難しくなっているからこそ情報のプラットホームを提供する報道番組が一層必要だと強調する。


今、森友学園の問題が報道を賑わしているがこれも最初は大手マスコミでは報道されないものだった。
報道の現状に危機感をいだいているジャーナリストのツイッターによって小さな輪が次第に広がりマスコミ全社が主要ニュースとして取り上げられるに至った。


安倍首相個人の関係が問われているから政府は火消しに懸命だ。

国民の大半が必要だとする真実解明のための参考人招致をしようとしない。このまま幕引きになればそれこそ数の力に頼ったものになる。国民の不信は更に募るがやがて忘れられるとたかをくくっているように思う。


北朝鮮がミサイルは日本の米軍施設を狙う準備のものだと言明した。

無知ならばこれに対抗しようと意気込んで更にネズミを追い込む。窮鼠が基地にミサイルが撃ち込めば対抗してミサイルを撃ち込む、その時相手が狙うのは全国の原発だ。

そんな悪夢が胸をよぎる。


日本人の大半が被爆死滅した時、原発再稼働と日米同盟強化を図った人を日本人は裁けるだろうか?無知であったと東アジアの大半が死の世界になった時嘆いても遅いというのは考えすぎであろうか?


フェイク(偽)ニュース。ポスト・トゥールース(事実無根)オルナティブ・ファクト(もう一つの事実)など無知を呼ぶ言葉が誕生している。無知が世界に充満しているからだ

これらの言葉は都合のいい解釈で人を引き付ける術だ。進化論を信じない人と同じように過去の戦争を否定しない人が簡単に取り込まれていく。

無知というこの現状をどう変えたらいいのか。「既存の偏見を認めることは偏見を取り除くためにより深く考えることよりもはるかに楽だ」との著者の言葉に励まされてボクはブログを綴る。


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by willfiji | 2017-03-09 18:45 | 読書 | Comments(0)

マッカーサーの二千日

マッカーサーの二千日」(著・袖井林二郎)
ダグラス・マッカーサーが日本に駐留した時は既に65歳。

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天皇の上に君臨する戦後の日本の道筋を作る2千日の将軍だった。

軍の司令官であった彼は米国の戦争の大儀である日本に民主主義を植え付けると同時に中ソによる共産主義的国家の進展を抑えるための防波堤として日本を築く。


著者は言う「日本が太平洋戦争で中国・アジアで
2千万の人々を殺し、その結果として敗戦と占領があったことを、『俺は生まれていなかったから知らない』ようでは中国・アジアの人々と付き合っていくことは不可能である。本書を読んで欲しいのはそのためである。」と。


本書の重要な部分は平和憲法制定にある。改憲論者がGHQに押しつけられた憲法として日本人による自主憲法が必要という言い方をするが憲法の精神は普遍であって創案したのがどこの人だったかは問題にはならない。

特に平和憲法は日本の国民が軍国主義を経験して二度とあの時代にもどってはならないという意志を受けて出来上がったものだ。


米国と開明的な日本人が太平洋戦争を反省し
2度と戦争を起こさないために新憲法を作りこれをマッカーサーと時の幣原首相が共に認めたという憲法だということをしっかり認識しなければならない。


マッカーサーは天皇を利用して平和国家を作り上げることにした。だから日本国民は納得したのだ。

平和国家日本を作ることが日本の国民が納得する理想の国家だったのだ。


ボクはこの時の理想を見失ってはならないと思う。幣原首相とマッカーサーはこれが実現したらこれこそ人類が築いた最高の法典になると歓喜した。


鉄は熱いうちに打て、戦争はしてはならないという機運のもと第
2次世界大戦直後に国際連合も人類の理想のもとで出来上がった。


しかしマッカーサーの就任の
2000日の間に中ソという新たな敵が生まれ、日本はマッカーサーのもう一方の顔である軍司令官という民主主義の矛盾を武力で解決するタカ的本質に引きずられて行く。


朝鮮半島への米軍進攻の司令官となったマッカーサーは手薄になった日本を守るために
警察予備隊を創設する、憲法9条に対してこの時出来たのが個別自衛権という考え方だ。
この考え方には賛否があるがそれが集団的自衛権となると違憲であることは明らかだ。


歴史の教訓を学ぼうとしない者に対して歴史はそれを繰り返すことによって復讐する。


マッカーサーは朝鮮戦争の更なる拡大を主張してトルーマン大統領に更迭された


日本はその後も平和憲法が支えとなって世界に類をみない経済成長を果たした。
平和憲法と同じように農地解放や財閥解体などの自由主義経済発展の基盤がマッカーサーによって作られたことも重要な視点だ。

軍備拡張を抑えた民主政治が続行された結果日本は豊な国になったのだ。

今最も危険なのは再び軍事強化の道を歩む世相があることだ。経済が世の中を豊かにするが矛盾も出てくるそれを武力で解決してはならない。

米国が世界の警察から手を引く時、自主独立はそれに肩代わりする軍事力を持つことではない。


日本の道は過去の歴史から学び戦後直後の理想を追求することだ。安倍政権は集団的自衛権に見られるように日米軍事同盟の強化に走り中国や北朝鮮に対して対立する構造を作り上げているように思える

マッカーサーのひとつの顔は日本を真の平和国家にすることであった。
2度と戦争ができない国にすることであった。それでいいのではないか。


マッカーサーが朝鮮戦争の拡大を目論んだ時、米国の正義は不拡大の道を選び民主主義の盟主を保った。

しかしその後のベトナム戦争やアフガニスタン・イラク戦争という決して正義ではない戦争をしかけ今の不安定な世界を作ってしまった。


対米従属をやめ国際社会にそして中国や北朝鮮に対しても日本が平和憲法による日本の立場を明確にすることが日本の自主独立という姿ではないだろうか。


一国民の生計が他国の慈悲に頼っている限り政治的自由はあり得ないとマッカーサーの
2千日を著者は結ぶ。


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by willfiji | 2017-02-25 18:25 | 読書 | Comments(0)

殺人犯はそこにいる

殺人犯はそこにいる」(著・清水 潔)
 隠蔽された北関東連続幼女殺人事件。


警察は菅谷利和さんという男性を「誘拐殺人犯」として逮捕し、
17年の間刑務所に閉じ込めた。もっとおそろしいことに時効によって真犯人は不逮捕のライセンスを得る。

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冤罪はあってはならないが真実が明かされることなく刑に服した人は数えきれないほどあるだろう。

それ以上に許されないのはこの本のような検察のメンツをつぶさないための冤罪が存在するということだ。

検察で扱った足利事件は北関東連続幼女殺人事件とするのが真実だと著者は訴える。
足利事件の犯人とされた菅谷さんは足利事件で無期懲役の判決を受けて、その前後に連続して起こった幼女殺人事件では証拠不十分で起訴されなかった。


菅谷さんは足利事件の犯人とされ、世間ではその他の事件にも関与したのではないかとグレーのまま服役した。
著者の清水氏は日本テレビの記者。

この事件を追う中で、警察や検察や裁判所までが自ら決めてしまった決定を改めることなく隠蔽の上乗りを続け組織防衛に走る権力の横暴に直面する。警察でもない清水氏は記者として取材でつかんだ事実を報じるしかないという信念のもとで徹底的に現地調査しついに真犯人を突き詰める。

しかしその真犯人は逮捕されることもなく今も一般人の中で暮す。

この本は実名こそ出さないが、殺された幼女たちの声に代わって事実を訴える震撼の書と言っても過言ではない。


何故冤罪が起こるのか?犯人を捕まえると賞が与えられる
という一面がある。未決事件は恥とされその警察や検察の意地をかけた戦いになる。


卑近な例だが隠れていた白バイにボクも交通違反キップを切られた経験を持つ。バイクの警官は違反した場所はボクのように他県からきた人には解りにくいのだとうそぶいた。
ボクは冤罪ではなかったが反省するより運の悪さを悔やんだ


この事件は権威ある科捜研のDNA検査が誤りの根本だと指摘する。DNA検査が菅原さんの有罪を決定づけた。科学は嘘をつかないと動かぬ証拠となった。


無罪を主張する菅原さんは何度もDNAの再検査を要求するが認められない。証拠が年月によって劣化したその後の再検査でやっとDNA不一致が認められたが検察は最後まで当時の検査に間違いはなかったと主張する。

法廷に出される証拠はあくまで容疑者を有罪にする証拠だけだ。


ボクは清水氏にジャーナリストとしての誇りを見た。

清水氏及びそれを取り巻く局の人たちは権力に屈しない気概を持っている。


それが日本テレビということに驚いた。政治記者と事件記者との違いがあるのだろうか?日本テレビの今の報道はフジテレビと同様に政権にすり寄りすぎる傾向がある。

保守的な新聞社がバックにあるからだが最近はここまでやるかと思うくらい政権を持ちあげる


昔見ていたフジテレビの
2020は保守的ではあったが批判すべきことはしっかりしていた。日本テレ系列の読売テレビの辛坊氏の番組も良心的な番組だったがその変貌ぶりには首をかしげるばかりである。


事件の真犯人はもう捕まることがない。捕まれば科捜研によって死刑台に送られた人たちの証拠そのものが疑われるからだ。

この本は権力の誤りを臆する事なく広く知らしめる使命を持って出版され多くのジャーナリストが称賛している。
政治部報道記者に噛みしめてもらいたい重さがある。


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by willfiji | 2017-02-17 18:19 | 読書 | Comments(0)

知る沖縄

知る沖縄」(著・木村司)
沖縄の基地問題があまりマスコミでは取り上げられない。

そこに沖縄の特別な事情がある。

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ヘリポート建設や辺野古への移設は沖縄の人たちの声を無視して進められている、反対しているのは左翼や中国からの資金を得たひとたちだとの声があるが、自民公明の与党議員が一人も選ばれていない現状を見れば沖縄の人たちが

基地建設に反対なのは明らかだ

著者は沖縄の選挙で示された民意を安倍政権ほど軽んじる政権もかつてなかったと厳しく批判する。


沖縄はボクにとって特別の意味を持つ。この本は一足飛びにボクの学生時代の出来事を伝える。

1971
1117日佐藤首相のもとで衆院特別委員会は抜き打ち的に返還協定を強行採決した。

当時大学生だったボクは泥沼化するベトナム戦争を批判する米日学生の大きな流れの中にあって国家権力が再び武力で覇を争う世界になることを阻止することが学生としての使命だと考えていた。


ポツダム宣言から遅れること
27年経って沖縄が日本に帰ってくることは喜ぶべきことだが、

そこに、無条件に米国が沖縄の基地を使えることにした現代に続く主権放棄ともいえる対米従属姿勢を見逃すわけにはいかなかった。


この著書にもあるが、その時沖縄の人たちの願いは「沖縄は基地のない平和の島」としての返還だった。知事が持参したその建議書が空港に到着する直前に強行採決が行われたのだ。


当時ボクがどのようにこの出来事を感じたのか?怒り心頭だったことは若気の至りだけではなかっただろう。翌々日の
1119日本最大の学生デモの中にボクの居場所があった。


穏健ではあったが東大駒場から先頭をきって走る一団の中にいて機動隊と衝突し、その夜世田谷署に収監された。若さだと思うことはその後何度もあったがボクの人生を変えた出来事でもあったのだ。

思想によって罰せられることはなく、凶器準備集合罪で留置場や拘置所といった誰でもが経験できる場所ではない所で
2か月を過ごした後、ボクは学校に戻った


それから40年経った
2010年民主党政権になって佐藤首相の密約文章の存在を認めることになった。
それは沖縄が返還されてもアメリカは自由に基地を使うことができ尚その整備やインフラにかかった費用は全部日本が持つとしたものだ。

屈辱的な地位協定はそのまま残って
今に至るのだ。ボクは武力闘争は誤ったことだと思うがデモに加わったことは今でも間違えていなかったと思う。


その後日本は戦争に巻き込まれることなく平和憲法のもとにあったがここの所怪しい雲行きになっている。

平和ボケとか自虐思想と言った言葉で平和を揶揄する社会現象が表面化してきたのだ。平和がうさんくさいものとして語られてしまう。

平和は戦争に勝る強い信念がなければ維持できないということが忘れられているように思える現状がある。


この本は沖縄の返還後の様相も伝え、変わらぬ差別意識のもとで沖縄が扱われている現状を描き出している。

沖縄が復帰する前、沖縄は基地依存の島だった日本が1$
360円だった時、沖縄は120円、製造業を育たなくした。


返還後基地依存は大幅に減ったから沖縄の民意が基地移設反対に動いたが基地の土地を貸し出した地主たちは高齢になってそれしか収入がない人たちもいる、市町村の中には基地使用料が入らなければ成り立たない部署がある。政府は移設賛成を条件にその人たちをゆさぶる

沖縄はアメリカ軍が戦場にした日本で唯一の場所だ、そこで
20万人の人が犠牲になった。ここでも東条英機首相の「生きて虜囚の辱めを受けず」という皇民化教育が徹底され天皇のために命をささげると銃弾の中に立つ人や自決する人たちが多数いたのだ。


終戦直前にアメリカは沖縄について徹底調査をした。日本人は沖縄人を差別しここが米軍の拠点となっても国外問題としてか認識しないというものだった。それが佐藤首相の密約に繋がり、安倍政権の態度になっている

日本が最も辱めをうけているのは地位協定に他ならない。米軍及びその関係者がいかなる犯罪行為をしても日本に裁く権利はなく日本国内の基地は米国が自由に使えるというものだ。
憲法改正(悪)の前に地位協定の破棄を実現するのが真の独立国家ではないのだろうか。


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by willfiji | 2017-02-10 11:11 | 動物 | Comments(0)

岩波講座・現代

岩波講座・現代
(編集委員・大澤真幸他)現代の現代性―何が終わり何が始まったか。


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時代を担う学者たちが明らかに違ってきた現代を転換の時として論説する。


民主主義を超える民主主義に対して、半世紀前に出版された旧作はその時代を深く考察したものだったが、本書も現代を明確に捉えこれから行くべき道を示唆している良書である。


流行りのSNSは多くの人に様々な情報を与え瞬時に世界のことを知らせるが、それが現代の病を作っている側面がある。SNSは簡単に知識が手に入り、その人の価値観で情報を得ることができる。人々は活字から離れゲーム感覚で思想遊びをするようになってしまった。

そんな中、人を中傷する発言やヘイトが蔓延する。特にネト右と呼ばれる人たちは自分のうっ憤をはらすように、偏向的だ。なぜこんな世界になってしまったのか?


今の社会現象はおかしなことになっているとこの本は知を磨くことが必要だと訴える。


アリストテレスは人間を政治的動物と定義した。生きるために人間は生まれてきたが「善く生きるために」生まれてきたのが他の動物とは違うとしたのだ。

そして資本主義の原点となったアダムスミスは「市民社会は自分の利益だけを意図している集団だが競争にまかせれば見えざる手が悪を駆逐し善行が利益を生むことになるとした。


善とは正義であってその概念は「自分と他者をとの相互性、反転可能性である」ことは言うまでもない。正義とは相手から見ても同じ正しい生き方だ。

最近おかしくなったのはこの善=正義の考え方をしなくなったからだ。


トランプ氏のアメリカファースト、には反転可能性はない。アメリカさえよければという立場に善はない。

人気の高い小池都知事も都民ファーストを口にする、今までの悪弊と戦うことは大いに評価すべきだが、都民ファーストという言葉が使われたのは韓国人学校の用地を巡って保育園を作れとの主張から出たものだが、フランス人学校は認めて韓国人は認めない姿勢があることにボクは違和感を覚える。
ついでに輝けなにがしの議員のその時の言動は差別主義者的であって改革の志からは程遠いと感じたものだ。

更に小池氏が都民ファーストと言いながらカジノ誘致に賛成な点を見るに、都民ファーストという都民とは

その出処に利己的なものを見ざるを得ないのだ。


哲学なんてくそくらえ」シェークスピアがロミオに言わせた言葉だ、哲学ではジュリエットを創れないとロメオが嘆いた。これが「有効性」ということだ。


トランプは最たるものだが、安倍政権も小池都知事もこの有効性を旗印に支持を得ている。著者たちは有効性が世界を支配しているが有効性の上にあるものが新しい世界を作り出すとしている。


安倍首相がトランプ大統領と信頼度を増した関係を創ろうと懸命だが有効性が価値観の者同士だから、信頼関係の重みを感じない、相互理解はいつでも裏切られる性格をもつものになると想像できる。


アメリカ戦略指導部は表明する、「もしもアメリカ合衆国の重要な利益が攻撃されたら合理性を失って復讐に出るというのが国民的気質である」と、あの言論の自由を保証し民衆主義を先導したアメリカの姿はもうない。


トランプ氏は日本に軍事力強化を求め、日本も自立というシナリオで軍事力増強の道を歩む、このままでは中国に尖閣を取られ沖縄だって危ない、北朝鮮脅威にどう対抗するのか?と現政権は国民を揺さぶる。自衛隊が軍隊になることに国民が賛同するような流れがある。


戦争直後の反省が薄れていく中で抑止論が軍備拡大を促している。

 
今からの戦争は抑止論では収まらない戦争であることを誰でもわかっているが解がないからそこに留まってしまう

中国と北朝鮮を脅威と感じるならなぜもっと会話の道を築こうとしないのか?

安倍首相はトランプ大統領との会談にあれほどの意欲を持つなら何故隣国と話し合うことに同じくらいの熱意を示さないのか、北朝鮮は難しいことがあるだろうが中国なら話し合いの余地は沢山あると思う。内弁慶だと思う

対米従属は自主憲法をめざす安倍政権にとって矛盾ではないのだろうか?日本としてのプライドはどこにあるのだろうか? 

ベトナム戦争以後アメリカは何度も誤った戦争をしている。日本の立ち位置をしっかり持ち全ての国と友好な関係を築くことが政治家の使命だ。


このままではいけないと筆者たちは指摘する。その声はなかなか日本国民に届かないのではないかと懸念がよぎる今日この頃である。


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by willfiji | 2017-02-07 11:44 | 読書 | Comments(0)