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パピヨンパパの思うこと
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新・恐竜論

新・恐竜論」(著・ヒサクニヒコ)地球の忘れ物を理解する本。
恐竜が絶滅したのは6500万年前、その間1億7000万年は地球の覇者として生きていた。
哺乳類は小さなネズミに過ぎず、爬虫類も両生類も脇役だった。

人類誕生は400万年前だから恐竜の生きた時代の40倍も恐竜は生き続けていたのだ。

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子供のころ恐竜図鑑を何度も何度も見直して、好きな恐竜を見つけていたことを思い出した。
首長の恐竜は巨体だが草食で優しい。イグアノドンはすばしこい恐竜で肉食獣。テラノザウルスは最強の肉食獣、顔も残忍そのものだ。

最近になって泳いでいたとされるスピノサウルスはテラノザウルスより強いかもしれない恐竜だ。
ザウルスというのはトカゲのこと、日本で恐蜥蜴と訳さず恐竜にとしたことに拍手を送りたい。ちなみに日本が恐竜としてから、中国でも恐竜になったようだ。

この本は今発見されている恐竜たちがどう過ごしたか、動きがどうであったのか、
哺乳類でいえば、クマやキリンやカバやライオンの生態と同じように生き生きと描く。人類の40倍も生きた恐竜たちも進化し続けたのだ。

全ての恐竜たちが6500万年前に滅んだのは今では隕石衝突が原因だとされているが、
まだ定かではない。気候変動は哺乳類や爬虫類、両生類にも及んだはずで、なぜ恐竜だけが?という疑問がついて回る。大きな恐竜が食べるものが無くなったといっても小さな恐竜も滅んでしまったのだ。

哺乳類が絶滅することは十分予想される。

近年の世情を見れば人類は核によってその前に滅んでしまう可能性は十分ある。
領土という小さなことで取り合いをして、話し合いより武力を選ぶ人類は恐竜以上に絶滅しやすい存在ではないだろうか?

恐竜の絶滅の中に憎しみはなかった。憎しみの中で滅ぶ人類にならないために、

長い生命史の中での自分たちをとらえること、それが大事だ。

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# by willfiji | 2016-10-13 18:22 | 読書 | Comments(0)

ジャッカ・ドニフ

ジャッカ・ドフニ」(著・津山佑子)海の記憶の物語。
江戸時代初期、キリシタンへの圧力が高まり、中には海外へ逃亡する者も出てきた。

この物語はアイヌ人の母と日本人の父のもとに生まれたチカップという名の女性が幼くして孤児となり、北海道から津軽へそして長崎からマカオ、ジャカルタへと移り住む数奇な運命を描く、津山佑子渾身の遺作である。
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「ジャッカ・ドニフ」とは南樺太に住んでいたウィルタと呼ばれる遊牧民の姿を残すために北海道網走に建てられた博物館のこと。

ウィルタ民族は第二次大戦では日本軍の一員となって戦ったが敗戦によって故郷を失う。彼らは北海道に身を寄せた、軍人恩給すらない身となり、差別意識もあってウィルタ民族であることを隠し続けたという。日本の少数民族の悲しい歴史を背負っている。

日本人である僕らは日本を単一民族国家だと思いがちだが、よく知っているアイヌの他にもギニヤークと呼ばれた二ブヒやこのウィルタの人たちがいる。そして琉球処分前には沖縄の人たちは琉球人だった。

今は同じ日本人であることもしっかりと知っておくこと、それぞれの人たちの歴史や尊厳を認めていくこと大切だ。

チカップは3歳の時に母と死別する、母は乱暴された日本人を追い所帯を持つがその男は逃げてしまう。アイヌ人の純粋さと日本人の傲慢さをチカップは幼心に刻む。

アイヌ人は平和的に日本人と交流を持とうとするが騙されて殺されてしまうことも多かった。何人かのアイヌが逆襲することもあってますます追い込まれていく。

強者が弱者を力で制圧していくむごい姿を著者はチカップの流浪を通して描く。
チカップは3歳までの母の記憶を辿って歌を思い出す。それは自然と共に暮す平和で豊かな大地の歌だ。

チカップには兄と慕うジュリアンがいる。ジュリアンは都から追われ津軽に隠遁したキリシタン武家の子供で神父になるために日本のキリシタンの支援を受けてマカオで学ぶために送り込まれたのだ。チカップの将来を案じた神父がジュリアンの妹として共にしたのだ。

ジュリアンはマカオでかつてキリシタン大名がローマに派遣した少年大使であり、その後
日本に戻ってから迫害を逃れてマカオに暮らす老いたパードレーから教示を受ける。旧教のポルトガルから新教のオランダへアジア支配権が変わる。

そんな時代の流れを背景にチカップの変わらない心を作者は書き進む。
チカップは日本人追放令によってジュリアンと別れ、マカオからジャカルタに流れ、子供を持つ。夫は平戸出身の混血児だった。

アイヌの心を持つチカップは自分の息子二人を探索船に密航させてアイヌの土地で暮せと送り出す。アイヌの人たちはきっと彼らを受け入れ、二人の息子はアイヌの地で幸せに暮らせると信じていたからだ。

今、世界の大きな問題は民族主義の台頭である。幾度もボクが文に示すのもその人間の愚かさに憤りを感じるからだ。アイヌを制圧した和人は果して優越した民族なのだろうか。トナカイに乗って遊牧の生活を送った二ブヒの人たちを土人と呼び支配下に置き戦場にむかわせ、自国民だけを靖国に報じ、共に国のために戦った少数民族を排除する民族を優れているとは思わない。

なぜ人は差別するのだろうか?白人は黒人や有色人種を、アジア人同志でも民族の優劣を競い合い、相手を下層に置くことで自民族の満足感を得ようとするのであろうか?

民族の源泉をたどればアフリカ大陸を10万年前に出発した2本足の動物が共通する祖先であったことは疑う余地のない歴史的事実だ。

「支那」や「朝鮮」という言葉を差別用語として知って使う人がいる。
石原元都知事もそうだが、尖閣問題を複雑にし今の豊洲問題を引き起こした人物だ。
人気があったが、自国民のみを誇り他国民を卑下する人間に政治を任すととんでもないことになる実例だ。

日本人が「ジャップ」と言われて不快な気分になる以上の嫌悪感を中国や韓国の人たちは持っている、日本政府に申し入れまでしているのに踏みにじる人がいる。その人たち日本民族の誇りなど語ってもらいたくない。自分を誇るなら相手の誇りも傷つけてはならないのだ。

チカップはボクほど過激ではない。ジャカルタに流れついても尚日本を恨むことなくアイヌの心を持って生きていく、それこそ民族の誇りを失わない姿だ。

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# by willfiji | 2016-10-07 12:08 | 読書 | Comments(0)

バンビ

バンビ」(著・ザルテン)1923年に書かれたハンガリーの動物作家による名著。

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幼い頃、母に連れられて観たディズニーの映画はボクの動物に対する考えかたに大きな影響を与えていると思う。「ダンボ」や「ターザン」。その中でも「バンビ」は「小鹿物語」と重なる記憶として残っていた。はっきり覚えていたのは、尾に留まる蝶と遊ぶバンビの姿だ。

“こじかのバンビはかわいいな”♪というメロディーも浮かぶ。

「バンビ症候群」という言葉がある。ディズニー映画が「バンビ」によって世界中の子供たちに与えた影響だ。それは動物を擬人化してしまう態度や状態を表す。

良い影響も悪い影響も与えている。動物は人と同じように尊い命を持つとの教えは良いが極端な動物愛に導くのは危険だ。動物愛護団を見極めるとき重要なテーマになっている。

ディズニーの「バンビ」は原作の「バンビ」とは違っている。
原作の「バンビ」をボクが読んだのはきっと小学校高学年の頃だと思う。そして半世紀以上を経て再び手にした。時を超えて大自然の営みの中で生きるバンビの姿が作者の美しい言葉によって描き出されている。そのドキュメンタリーにしばし酔う。

バンビは優しい母のもとで生まれた。何と美しい子だろう!カササギが祝福する。おしゃべりリスがカケスに知らせる、ジャコウネコがハツカネズミを咥えるのを見てバンビは母親に尋ねる、「ボクはハツカネズミを食べるようになるの?」「いいえ私たちは殺さないの」母親が答える。

バンビは母親から色んなことを学び、いとこの姉弟にも出会う。

雄シカに出会った時にはその姿に恐れ一歩も歩けなくなるほどに驚くが憧れも同時に持つようになる。やがて森に悲劇がやってくる、銃を持った人間の出現だ。母親が撃たれる

深い悲しみの中、バンビは成長する。実りのない冬を生き抜き、バンビは春を迎え、頭には角が生え始める、雄たちの攻撃が始まる。

「バンビ」は偉大な生物図鑑でもある。一緒に過ごす動物たちの生態を生き生きと伝える。バンビは雄シカの中で最も優雅な姿を持つシカに生長する。

恋の季節が始まり、美しいガールフレンドを持ち、幸せな時間を過ごすが、やがて孤独を求めるようになる。バンビのその生き方は人間とは違う。

ボクは小学生の時どんな思いでこの本を読んだのだろう。この本は生物多様性を示している。動物それぞれの生き方には尊厳があるということだ。

人間は万能ではない、人間をも支配する大きな力があること、シカも人間もその下にあって同じように生きているということをバンビは学ぶ。

「バンビ」は子ジカのことだが主人公の名は変わらない。大人になっても「バンビ」だ。
ボクにとっても「バンビ」は半世紀の時を経ても変わらない感動をもたらしてくれた。  
  

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# by willfiji | 2016-09-22 16:56 | 読書 | Comments(0)

ワンダフル・ライフ

ワンダフル・ライフ」(著・スティーヴン ジェイ グルード)バージェス頁岩(けつがん)と生物進化の物語。

この本が書かれたのは1980年代後半、その後目覚ましいスピードで生物進化の謎が究明されている。進化論の古典とも言われるこの本を読んだのは古典には新しい発見を促した原点があるからだ。

進化論の基本を知るために手にしたこの本に間違えはなかった。
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バージェンスはカナダにある。1901年ここに5億7000万年前の生き物たちの姿が発見された。73000点もの姿を留めたのは酸化を防いだ泥水だった。

固い殻を持つ三葉虫はもとより、化石に残らないとされた軟体生物の姿がそこにあったことによりそれまでの進化論の矛盾を解決する道が開けたのだ。

我々の祖先といわれる多細胞生物が生まれるまで、原核生物、真核生物の歴史が生命誕生から10分の9を使い、10分の1である5億7000年前、生命が爆発したいカンブリア時代が始まったのだ。

カンブリア爆発とは生き物が最大に生まれた時代である。それが徐々に収束されて、次に繋がる生物だけが残ったのだ。これが著者の新しい進化論だ。生物は小から大に進むのではなく。大から小へ収束するのだ。爆発と絶滅が地球上には少なくとも3回あった。

昆虫の羽は流体力学的に見て完璧でこれは自然淘汰による完璧な姿と言えるが、パンダの見えない6本目の指は竹を食べる習性を持つことによって齎されたものでより優れたものの進化ではない。つまり進化は必ずしも完璧という価値を得るためになされたものではないと著者は従来の学説に異を唱えた。

人類は神が神に一番近い存在として創ったと考えている人や、わが民族は他民族より優れていると思い込んでいる人は今も少なからずいる。

著者のバージェンス頁岩の研究は生命史の中で人類の位置付けを客観的に見る上で重要な役目を果たしている。研究者が研究成果を語る時、自らの置かれた環境による主観が顔を出すが、科学者は事実に忠実でなくてはならないと説く。

恐竜時代に生きた哺乳類はネズミほどの生き物で腕力は言うに及ばず知力でも恐竜に劣っていた。もし6500万年前に隕石が地球に激突しなければ、テラノザウルスが更に進化して、我々ホモサピエンスは行き場がなかったかもしれない。

自分の出目に誇りを持つことは勝手だが、生命史視点で言えば種にもましてや民族にも優劣等存在しないのだ。むしろ人種差別主義者の存在は人類が劣っている事を示している。

種が大から小になる時、争いがあって勝者が生き残ったこともあったが、世界最強のテラノザウルスは実に簡単に滅んだことを忘れてはならない

生命誕生から現在までの45億6千700万年の生命史を人類が知ることができるのは運がいいからに他ならない。

「ワンダフルライフ」が示したようにダーウィンを引き継ぐ現代生物学者たちの考えは人類は優れているといううぬぼれを捨てることに収束している。

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# by willfiji | 2016-09-19 16:51 | 読書 | Comments(0)

生物はなぜ誕生したのか

生物はなぜ誕生したのか」(著・ピーターウォード・ジョセフ カーン ヴィンク)
生命の起源と進化の最新科学。
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動物たちのことを知りたくて何冊かの本を読み進むうちに生命の不思議に興味が至り、やがて今の自分の存在までも太陽系時間の中で考えるようになった。

人間は動物界の中で進化の頂点に立っていると一般には考えられているが果たしてそうなのだろうか?
世の中には理不尽と思われることが沢山ある。人が人を殺してはならないのに報復の連鎖がはびこる。自分の国や民族が優秀だというナチスと同じ考え方を持つレイシストが各国で台頭している。

進化は滅亡から種を守るためのものだとしたら、人は進化の頂点に立ってはいないのではないか?
地球誕生からの生命史はその答えを様々な領域から導いてくれる。生命史を綴る難解な書もその本だけでは理解できないが、他の書を読むことによって穴を埋めてくれる。この本は特に種の絶滅について詳細に記述している。

絶滅危惧種が年毎に増えている今、生物はこれからも種を減らす方向に向かうと認識していた。地球誕生から生命が生まれホモサピエンスが登場した時まで種はその数を増やしていたかというとそうではない。

恐竜の絶滅からも明らかなように、種の増大は地球上で何度も起こった、しかも新たな種が爆発的に増大する直前にはそれまで栄えてきた種のほとんどが絶滅していた。

絶滅の原因は気候変動による。地球が誕生した時は火の玉だった、生命が生まれる地ではなかった。巨大隕石が地球に何度もぶつかってやがて地球は生命が育むのにふさわしい太陽との距離を持つようになった。

今、生物にとって必要な酸素濃度は21%だが、地球年では無酸素から高酸素の時代が繰り返されている。酸素と二酸化炭素の比率はお互いに均衡を持つから二酸化炭素もその濃度を変化させる。

現在の動植物はこの二つの元素がなければ生き延びられない。濃度変化によって種は増大と絶滅を繰り返してきた。メキシコに隕石が衝突し地球全体に暗雲が広がり気候変動がおきて恐竜が滅んだ。ネズミ程の大きさの哺乳類が生き延びた。日本にも沢山の恐竜がいた。大陸と陸続きだったからだ。

恐竜が滅んで6000万年以上経って人類の祖先であるルーシーが登場する。人類は小さなネズミが枝分かれして誕生したのだ。その後人類が残ったのは優秀だからではない、気候変動をたまたま乗り越えた運があったのだ。

人類は今気候変動にも手を加えられる特殊な生き物になった。地球環境を変えてしまう隕石だとも言える核を手にした人類が絶滅を促進するかもしれない。

恐竜たちが自由に歩いた地を俺たちの土地だと主張する領土問題も地球史から見れば実に矮小な事だ。

ましてや今話題の蓮舫氏の二重国籍問題を持ち出したレイシスト(人種差
別主義者)の言動は人類が進化の頂点に立っているとはとても言えない。

ナチスの反省も顧みず「人類が一番上、わが民族が一番上」というナショナリズムが世界中はびこっている。これは人類絶滅の兆候かも知れない。

動物の世界では野生動物の保護等懸命な努力がなされ、多様性をどう維持するのかという問題に取り組んでいる。
人類を絶滅から救うのは多様性を認めていく社会であるという考え方に立脚している。そこには多様性を認めない排他的人種差別主義者を除いてという前提がある。


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# by willfiji | 2016-09-13 11:42 | 読書 | Comments(0)