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パピヨンパパの思うこと
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天井の葦 (読書NO.210)

「天井の葦 上・下」(著・太田愛)読書NO.210


共謀罪法案
がまたもや強行採決で立法化されるような情勢の中、この小説は権力によって報道が抹殺されていく危険性を示した話題の書である。

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本当に日本はどうなってしまうのだろうか?共謀罪はテロ対策とのまやかしで日本を監視社会にしかねない、人権侵害の法案だ。太平洋戦争に国をあげて突き進んだのは反対する人たちの口を塞ぎ死に至るまで拷問で追い詰めた治安維持法が威力を発揮したことによる。治安維持法そのものになり得るのが共謀罪だ。

戦争に反対する人たちを売国者とか非国民として国民自身にも監視させ、意見の合わない者を排除した。共謀罪は一般の人には関係ないという、一般の人とは政権に賛成する人で戦前は国のため、天皇のために命を投げ出す人だった。


国のために死ぬのはいいことだ
という無知性が顔を出している。人が生きていくための基本的人権をわがままなことだと矮小化する戦前復帰思考に酔う極右が安倍政権支持者のコアにあって政権が否定できない状況にあることが危険なのだ。


この本は政権首脳がメディアを政府の方針を宣伝するための道具として考えている状況を描き出す。どんな時代の報道の中にも権力にすり寄る者たちがいる、自分の下劣さを処世術や政治力と思い違いした人たちだ。


毎日の報道番組で田崎何某や山口何某といった人が頻繁に登場しジャーナリストにはあり得ない政府擁護の発言を繰り返す姿は見苦しいものではあるが少なくない視聴者が引きずられている面があることも現実だ。


ひとつの国が危険な方向に舵を切る時、その兆しが最も表れるのが報道であって
報道が口をとじ始めた時はもう危ないとこの小説は読者を現実の世界に引き戻す。


安倍政権が長期化して報道に口出ししてから報道の切れ味が鈍ったことは確かだ。
何人ものキャスターやコメンテーターが姿を消している事を目の当たりしている。


報道が萎縮していると発言を強めているのが池上彰氏だ、彼は左翼でもリベラルでもない良識派だが相当なバッシングがあると明言する。ネトウヨによって非国民、国賊といった言葉が広がり普通に暮らす人々の間に幅を利かせている。


池上氏は少しでも政権に批判すると様々な圧力が加わりその対応に消耗してしまいかねない状況にあると訴える。秘密保護法ができてから報道の自粛が始まったという。共謀罪は監視社会をつくり更に政府の姿勢を察して動く行動が報道を包むことになる。


人々が政治に対して無関心になり言われるままになっていく、それは民衆主義の崩壊だ。


安全という名目で危険が迫り自由がなくなっていいのかと国民は真剣に考えなければならないだろう。
ボクがこんなことを書いても問題のない社会を続けることにつながる。


北朝鮮のミサイルに対して日本も先制攻撃できる体制を作れとびっくりするような発言が出てきた。こんなことに賛成する人は今少数だと思うが、やがて国論となってしまうかもしれない。

太平洋戦争が起こったのはそんな国民の意識があったからで戦前復帰の思想は戦争を肯定したことから生まれている。

3次世界大戦が起こるような無知性な世界を止めるためには小さな火であってもひとつひとつ消していく国民の強い意志が必要だ。


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# by willfiji | 2017-04-07 16:16 | 読書 | Comments(0)

いのちの場所

いのちの場所」(著・内山節)


3
つの考え方で物事を見るといいと「ローマ人の物語」の中で塩野七生が書いている。
3つとは「法律」「」「哲学」だ。


哲学視点」でとらえたこの本は「いのち」をテーマにその生き
ることとは何かを語る。

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東京と群馬の二重生活をしている著者は群馬県上野村の人たちと接して生きるという意味が深化した


都会では人間関係は極めて薄い。村では人間同士の関係で成り立つ生活がある。


重要なのは自然を感じる世界だ、都会では自然を感じることは少ないが村では自然との一体感が人を包む。


都会と村との比較の中で著者は生きるとは何かを問い詰めその中で「いのち」に考えが及んでいく。


「いのち」とは今で「生きる」とは未来だ


現在のいのちが自然との一体感の中にあって生きる意味があれば不安はないという。

自然との一体感のない中で真剣になればなるほど未来は不安にみちている。


村での生活と都会での生活を考える中でこの本は個人や国家に及よんで展開する。


国家とは何か、個人という考え方はいつごろ生まれたのか、哲学的思考が神と法も語る。


自分が死んだらすべてが無くなる、人間は国家がない時代も生きていた。国のために死ぬなどの思想は近代になって出てくる。


こんな哲学をボクの文章力で表すことは永遠に無理だと思う。


その問いに著者は「いのちとは何かは自明のものではない、理論的に永遠に自明にはならないもの、文化的文脈の中で諒解するものがいのちだといってもよい」と答える。


ボクは自然の中に立つ自分も都会の便利さの中にいる自分も自分であると認識している。


この本が教えるのは自然の中にいる自分は都会にいる自分より純化されているということだ。ボクにとってヨガや瞑想はそんな場を提供している。


諒解する自分であるために暮らしの中で自分のいのちに沿った生き方をみつけていくことがボクの生き方になる。

自分のいのちは自分だけのものではなく、他者や自然や、思いを寄せる人々と共有していくものだと諒解していく生き方だ。


深く静かな思考に導く哲学の時間の中で「おのずから」という言葉がボクの中に残った。


生と死を包み込む風土の中に「おのずから」を諒解する自分であることができるだろうか、


著者の問いに対する答えをみつけていきたいと思う。


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# by willfiji | 2017-03-28 17:54 | 読書 | Comments(0)

いま憲法は『時代遅れ』か

いま憲法は『時代遅れ』か」(著・樋口陽一)主権と人権のための弁明


今ほど憲法が問われたことはない。もし改憲のための国政選挙が行われたら、改憲は反対多数で平和憲法は守られると思うが、憲法
9条をオブラートに包み、2院政や教育無償化等の問題と共に提示されたらどのような結果になるか想像できない。

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おかしなことを言うトランプ氏や繰り返す戦争の反省で生まれたEUからイギリスが離脱する等をみると改憲に過半数を得る状況が日本にないと言えない。


何冊かの憲法についての本を読んだがこの本も憲法の本質を解く憲法学者の書だ。


著者は憲法論の基本が「主権と人権論」にあるとする。権力から国民が身を守るために憲法がある。

国のために戦うという姿勢が問題となった集団的自衛権容認を違憲だと多くの憲法学者が示したのはこのことだ。


今話題の森友学園の教育勅語問題も書かれている主語が皇族になるから憲法違反で教育してはならないことになったのだ。

親を大事にするといった福徳を重んじる部分に共鳴して何が悪いという輩を無知性とするのは福徳の受け手が天皇の国家であって天皇がいままでやってきた世界を続けることこそ平和なのだという皇国史観そのものが間違っているから無知性と言うのだ。


ボクは憲法
9条は守るべき日本の基本だと思っている。
それを軸足にして政治を行うべきであって日本の誇りだとも思うのだが改憲の人たちの中には無知と言って切り捨てることのできない人もいる。


考えの浅い人から深い人までいるその考えも知って、この本が何を導いてくれるのかと考えながら読んだ。


浅い所では憲法はアメリカによって押し付けられたというものがある、自主憲法論だ。


海外からの移入だから日本独自の憲法をつくるべきという考えはその主張者が復活を願う明治憲法もヨーロッパの立憲主義を取り入れ日本の不平等条約からの開放を願ったもので移入した憲法だと一蹴する。
もちろん聖徳太子の
17条憲法はインド・中国仏教文化をその源にしていて、開明的であったからできたものだということに異論はないだろう。


他にも日本が敗戦によってポツダム宣言を受諾し敗戦責任を担わされた憲法が日本国憲法だという主張がある。
それは全く違っていると著者の答えは明快だ、


ポツダム宣言は合意で受諾されたもので日本人が持っていた民主主義の回復が記されている、日本は明治維新後近代思想を受け入れて民主主義が育っていた。大正デモクラシーや男性だけであっても普通選挙実施や政党政治等だ。

民主主義国家を天皇が統帥する軍事国家に作り変えたのだからその誤った道を正すためにポツダム宣言はあるとわかりやすく答えている。


共謀罪が国会を通ろうとしている。これは治安維持法という自由な発言を封じた戦前最大の悪法になり得るものだ。

統制は反対を抑える手段でもあって政権が長期になればこんな法律が出てくる。


自由を守るために憲法があるのだが、自由ということを考えると法律で縛ることに矛盾があるのでないかとジレンマに陥る。


著者は「自由の敵には自由を与えてはならない」という。共謀罪は自由の敵だ。


人間には『人類普遍原理』がある。

憲法を多くの国が変えているとの主張にアメリカの独立宣言やフランスの自由・平等・博愛といった硬性憲法があると指摘している。


同じ敗戦国であるドイツには自由で「民主的な基本秩序に手を触れる変更はゆるされない」という大きな縛りがありアウシュビッツは無かったとうのは認められない。


平和憲法こそ日本の理性と寛容の精神が生かされたものだ。時代が抑圧と排除へ向かうことを止めなくてならない。
いかなる国との戦争も放棄した憲法
9条は人類普遍原理そのもので変えてはならない硬性憲法だ。



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# by willfiji | 2017-03-22 10:13 | 読書 | Comments(0)

終わった人

終わった人」(著・内館牧子)

話題のこの書は多くの「終わった人」が持つ共通の思いを描いている。

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主人公田代は東大法学部卒という学歴を持ち一流企業に就職しサラリーマン世界の階段を駆け上った、絵のようなエリートの道を歩む。ボクらの多くがそうであったように企業戦士として競争社会に挑み会社に貢献することを生き甲斐としてしゃにむに働く


役員を目の前に田代は主要コースから外され子会社に異動となる。不服ではあったが子会社の役員となりそこでも懸命に働く。この物語は田代が専務取締役を最後に退職者として第2の人生を歩む所から始まる。


散り際千金」を心した彼は延長雇用して会社にしがみつく姿を許さなかった。彼の誇りは退職しても続く、田代とボクとは同じことと違うことがあると感じながら読み進む。


「思い出と戦っても勝てねぇんだ!」「思い出は時がたつほど美化され力をもつ」。
いい表現だが退職すると現役時代の仲間たちとの飲み会での会話は時がたてばたつほど美化されていく、ボクは罪のない会話だと思う。一生懸命働いたことを語り合える仲間がいることはいいことだ。


退職後田代はスポーツジムへ通うがボクと違うのはそこで出会う人たちをジジババの世界だと壁を作って融和しない生き方だ。ジムには田代のような男たちがいる。きっと会社ではそれなりの地位を持っていたのだと思うがひたすらマシンに挑んで笑顔さえもったいないと運動に励む人たちだ。

ボクはジムで顔を合わせた人とは挨拶をかわし、今では顔見知りの人たちが沢山いて、地元でたまに飲む仲間もできた。

女の人たちの多くはおしゃべりに夢中で面倒なこともあるがそんな時は放って運動すればいいのだ。会社と違って上下関係がないから生身の人間が試される。


田代はジムで会った若き経営者に頼まれ会社経営に携わることになりのめり込んでいく、ボクも退職後一年の間を置いて友人の会社の顧問になったから、ビジネスは退職してからも未練があるものだと理解できる。

田代はビジネス一直線の人、それを貫く、
そして・・・・・。


 ボクは同期の中でも働いた方だと自負するが、絶えず自分の中にもう一人の自分を置いていた、マルクスのいう疎外されない自分を作ってきた。
「朝に狩猟を昼に魚を夕べに家畜を夕食後に批評を」という言葉を旨としていた。多様な自分でありたいと限られた時間を趣味と仕事に割り付けた。


 ボクが思う最も自分が自分でなくなったのは最後の職位であった経営トップの時だった。トップの位置についたことは美化すべき思い出かもしれないがボクにとっては貴重だけれど一番楽しくない時だった。


「人生なんて先々前持って考えて手をうってもその通りいかない」、内館牧子氏とは面識はないがボクの大学の先輩だ。「感性の開放」という建学の精神が共通して生きているように思う。


終わった人が心するのは「衰え弱くなることを受け止める品格をもつ」ことだと著者は言う。

品格が問われるのは日本社会と同じ命題だ、自分らしく受け止めて生きて行こうと思う。


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# by willfiji | 2017-03-16 17:07 | 読書 | Comments(0)

キャスターという仕事

キャスターという仕事」(著・国谷裕子)
言葉の力を信じて。

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著者が画面から消えて、もう1年にもなる。
彼女を辞めさせたNHK会長も代わったがまだ安倍首相は高い支持率に支えられている。


帰国子女の著者は英語力が買われて国際ニュースを担当し、BSからゴールデンタイムを担うニュースキャスターに成長した。この番組はなんと
23年間3784回と他に類を見ないニュース番組となった。この本はニュースキャスターの役割を余す所なく伝えている。


キャスターはアメリカやイギリスではアンカーと言われる、人々の偏見を取り除き深く考えてもらうためにキャスターが機能するのだ。


人々が無知であることは危険だと指摘する。

無知は恐怖をうみ、恐怖は怒りにかわる。やがて怒りは殺意につながるからだ。


著者が辞めさせられたのは管官房長官とのインタビューと沖縄の基地問題のニュースが
きっかけだった。
時代が大きく変化する中で物事を伝えることが難しくなってきたと著者は長年のキャリアを踏まえて発言する。


著者はキャスターとして問う力を発揮して国民の立場に立って安保法制の矛盾を問い。沖縄の人の立場に立って辺野古移設の問題を正したのに過ぎない。現政権は国民が無知であることを願っている


多様化する社会には多様化する意見がある。合意形成が難しくなっているからこそ情報のプラットホームを提供する報道番組が一層必要だと強調する。


今、森友学園の問題が報道を賑わしているがこれも最初は大手マスコミでは報道されないものだった。
報道の現状に危機感をいだいているジャーナリストのツイッターによって小さな輪が次第に広がりマスコミ全社が主要ニュースとして取り上げられるに至った。


安倍首相個人の関係が問われているから政府は火消しに懸命だ。

国民の大半が必要だとする真実解明のための参考人招致をしようとしない。このまま幕引きになればそれこそ数の力に頼ったものになる。国民の不信は更に募るがやがて忘れられるとたかをくくっているように思う。


北朝鮮がミサイルは日本の米軍施設を狙う準備のものだと言明した。

無知ならばこれに対抗しようと意気込んで更にネズミを追い込む。窮鼠が基地にミサイルが撃ち込めば対抗してミサイルを撃ち込む、その時相手が狙うのは全国の原発だ。

そんな悪夢が胸をよぎる。


日本人の大半が被爆死滅した時、原発再稼働と日米同盟強化を図った人を日本人は裁けるだろうか?無知であったと東アジアの大半が死の世界になった時嘆いても遅いというのは考えすぎであろうか?


フェイク(偽)ニュース。ポスト・トゥールース(事実無根)オルナティブ・ファクト(もう一つの事実)など無知を呼ぶ言葉が誕生している。無知が世界に充満しているからだ

これらの言葉は都合のいい解釈で人を引き付ける術だ。進化論を信じない人と同じように過去の戦争を否定しない人が簡単に取り込まれていく。

無知というこの現状をどう変えたらいいのか。「既存の偏見を認めることは偏見を取り除くためにより深く考えることよりもはるかに楽だ」との著者の言葉に励まされてボクはブログを綴る。


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# by willfiji | 2017-03-09 18:45 | 読書 | Comments(0)