空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
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「蟻の菜園・アントガーデン」・(読書NO.223)

「蟻の菜園・アントガーデン」(著・柚月裕子)

この作家を同期メンバーが紹介してくれた。

文芸書はボクにとってはエンターテーメント、このサスペンスは傑作だ。

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週刊誌ライター由美は、結婚詐欺のニュースに心が動く、何人かの人が殺され、容疑者として逮捕された美貌の持ち主冬香の事件を追う。


婚活で知り合った男たちの不審死、つながりを持っていた冬香には完全なアリバイがあった。だまし取った数百万の金使い道は冬香のつつましい生活からはわからない。


大手メディアの向こうを張って由美は小さな糸口を辿っていく。

やがて冬香のぼやけた過去がしだいに姿を現す。


姉妹は住所不定のアル中の父親と汚れたワゴン車で暮していた、就学もしていない、戸籍がないからだ。姉に手を差し伸べる福祉ボランティアの夫婦が現れる、アル中の父親は酔うと姉妹に虐待を繰り返す、地獄から救うには違法行為に手を染めるしかなかった。


途中で読むのをやめようかと思うほどの仕打ちを姉妹は受ける、貧困者を救えない社会の冷酷さが姉妹の絆を更に強くする、妹をどんなことがあっても守る姉。妹が本当の父親に犯されるという誰にも言えない苦悩からしばし逃れられるのはパチンコというギャンブルだった。

姉妹による犯罪を裁けるのだろうかという問いが読者に投げかけられる。


戸籍を持たない人や民進党代表の蓮舫氏の
2重国籍問題のように、それぞれの事情をたどれば個人の意志とは関係なく国が決めた制度からこぼれた人たちがいる。

そんな人たちをさげすみ生まれを理由に差別する人がいる。その言動がいかに愚かであるのかを示す社会でなければならない。


富の偏在は貧困者を生み犯罪に走る傾向を強める。日本だけの問題ではないが貧困者は教育機会も少なく、扇動に乗りやすい無分別な人々を生み出す、差別することで自己の存在感を示すネトウヨと呼ばれる人たちが使う言葉の醜さは教育機会がなかった表れともいえる。


罪はどこまで裁けるのかという死刑の是非論にもつながる命題を本は問うている。


生まれた家庭は既に格差が生じという現実をどう克服するのか。社会がすべきことは個人の自由を束縛しないで平等な社会を作っていくということだ。
そして自由平等な社会の実現には差別や格差を助成する自由は与えてはいけないのだ。


アル中の父親、無戸籍の子供、恐れからギャンブルに走り依存症になる人、生まれながらの境遇をできるだけ平等にすること、ギャンブルといった虚業を廃し犯罪に手を染めるリスクを軽減すること、社会がそうした方向に向くための教育をしっかり推し進めることが必要だ、

むろん戦前回帰の道徳教育が入る隙を与えない良識社会であることが前提だ。


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# by willfiji | 2017-07-19 09:40 | Comments(0)

知らなかった、ぼくらの戦争 (読書no.222)

「知らなかった、ぼくらの戦争」(編著・アーサー.ビナード)


ボクが著者を知ったのは、 
BSスカパーの「ニュース・ザップ」という番組で1週間に一度コメンテーターとして登場していたからだ。


氏は大学卒業後来日しその後、それから覚えた日本語で詩人となった。優しい言葉を持ちながら平和への思いを語る時は情熱的だ。意見を持つとはこういうこととピューリタン精神を思い知らされる。

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著者はボクより17歳も若いが戦争を風化させない役割を担おうとしている。

ボク自身のブログが政治的になったのと彼の思いは同根だ。ボクも戦争は知らないが知っている人がいる時代に生きたものとしてそれを受け継ぐ使命があると考えている。


著者はアメリカ人の誰もが思っていたように原爆投下は戦争を終わらせるために必要な手段だったと思っていたと語る。日本に来て、その立場に疑問を持ったのだ。


東京大空襲や各都市に
B29から投下された爆弾も無差別攻撃であって正統性はないと断言する。

日本の戦争を肯定する受け狙いの外人がいるが著者は偏らない、そこが真実を伝える良識だ。


日本は被害者であると同時に加害者だ。安倍政権はその視点が欠けている。


1948
年東京裁判で25人が平和に対する罪でA級戦犯にそのうち7名が巣鴨で絞首刑になった。東京裁判は特筆されるが、日本が侵略したアジアの諸国で犯罪者として裁かれた人もいる。


その人が語る、「国家が言っていることとやっていることがかみ合わないまま自分が国を愛してやったことが犯罪者として裁かれた、戦後
11年牢獄に入れられ解放されたのは警察予備隊が出来た時だ、現地の罪のない人を殺したにもかかわらず日本の再軍備によって戦犯英雄論が出ることは耐えられない」と。


「みんなまわりと仲良くすることが一番好きで孤立するのが怖い、だから戦争が始まった」と、戦争を語り継ぐことを使命と感じた人は戦争になって行った状況を反対が言えない世相だったと振り返る。


皇民化教育とは天皇のために命をささげるのが人間として一番正しいとした学校を通じた愚民政策だ。


初春、朝潮、陽炎、雪風、大和、武蔵、美しい名前を戦艦につける。

戦死に散るという言葉をあてる、玉砕という言葉もある、戦争が美化される。


統治下の台湾では日本本土出身者は一等国民、沖縄出身者は二等国民、台湾人は三等国民と使われた。日本民族を優越化する皇国史観が特にアジアの人たちを統治する指針となった。


安倍政権以前は右翼の街宣車上でがなり立てる人を見ても特殊な人たちだと見向きもしなかった社会だったが、
ネトウヨと言われる人たちが現れ、差別主義者がヘイトを繰り返すデモを行うなど、かつての愚民政策に賛同するような情勢が出てきた。


森友や加計問題があって、安倍政権の持つ戦前回帰思想が姿を現し、支持率が急降下していることは日本人が良識を持っていることの証だが未だにその論調を譲らない人たちがいる。


戦争中の大空襲や原爆投下のもと逃げ惑うゾンビと化したたちのことを知ったらとても人類のやることとは思えないはずだ。

資源を求めて侵略したその地で日本は加害者であった、その地で何がなされたか、被害者の身になることも加害者の身になることも日本人はできる、それが70年間一度も戦争をしなかった日本の知恵を生み出した。


加害者でしかなかったアメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争、等々200回も戦争を繰り返している。

街宣車に乗った右翼の言葉に耳を傾ける人などいなかった時代を日本人は作ってきた、ボク等は安倍政権の終焉を決めて、戦後を続けていく義務があるのだ。





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# by willfiji | 2017-07-15 16:14 | 読書 | Comments(0)

「元気な日本論」(読書no.221)  

元気な日本論」(橋爪大三郎×大澤真幸)  


日本は最近、元気がないのは方向感覚を失っているからだと橋爪氏が前置きし、大澤氏と対談する。
注目の有識者である二人が日本列島起こったあれこれの出来事が、人間史のなかでどういう意味をもつのかを普遍的な言葉で語る。

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元気がないから日本の自尊心をくすぐり追いついてきた他国を非難するリテラシーの全くない書物とは対照的に知識で論理づけていく内容は心地いい。


本屋に並ぶ右傾化する書物を一笑に付すこの本がベストセラーになっている、深い知識で納得いく歴史が語られる。


天皇という名がついたのは、
7世紀の持統天皇のころからだろう、日本という国名が中国から見て日が昇るもとであったほど中国との関係深い、中国では皇帝がいて天はよりカミ的なもの、日本では大君と呼ばれていたが次第に天皇というようになった。


昔、結婚は通い婚であったというは面白い、有力者の娘は別室を持たされて色んな男たちが通う、子供ができると親はその中から一番秀でた人を娘の相手と認めるのが通い婚だ。その中に天皇になる人がいればその人を選ぶ、
DNA検査などない時代、娘の血統が天皇家を継ぐ


天皇に能力が無くてもそれに代わる地位を築いたのが藤原氏、摂関政治で国を治めた。

天皇を祀って実験を握るスタイルは日本独自のシステムとなって引き継がれて行った。


この本の何冊か前の「近代天皇論」(読書
no.216)と同じ見解でしかも更に詳しく両氏が語る。


江戸時代、武士は戦う必要がなくなったから儒教や朱子学がといった学ぶ世界を持った。

その中で国学が生まれ、本居宣長は古事記と源氏物語を通して、フィクションとして儒教、朱子学との矛盾を埋めた。

更に水戸学が国学と儒教を妥協的に組み合わせて説得力を持たせる、それが尊皇となり明治維新の活力となった。徳を無くしたら天皇に代わって統治し徳を取り戻したら天皇に返還する、これが日本の統治システムだ。


徳とは戦争のない世界を作ることだ。もののあわれがあればよいと本居宣長は源氏物語を例に出し古事記からは神の国のロマンを引き出す。

天皇は特殊な存在だがそれによって他民族より優れている理由にはならない。ロマンをロマンだと受け取ることが本質を見抜く知識となるのだ。

戦前回帰を目論む皇国史観は古代から続く日本の歴史を完全に捻じ曲げている。


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# by willfiji | 2017-07-07 15:29 | 読書 | Comments(0)

「月の満ち欠け」(読書no.220)

月の満ち欠け」(著・佐藤正午)

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人間は死んだら何処へ行くのだろうか。

小林麻央さんが亡くなった、幼い子供をのこして旅だった思いはどんなものだろうか?


高齢で亡くなるよりも、また蘇って子供たちの前に立つようなことがあってもいいではないかと思われるほどの若い死だった。


この本は「前世を記憶しているこどもたち」というスピチュアルで不思議な現象を書いた本をもとに、ありそうでない世界を描く。


あったらいいな!と思う世界と「あっては困る」という世界が混在し「あるはずのない世界」が物語られる。


「生まれ変わってもまた一緒になる?」は恋人たちの共通する問いだ。
その答えは? 易しい質問ほど難しい

本はいくつかの生まれ変わりを人の半生の中で複数回登場させてサスペンスにも似た展開で読者を釘付けにする。

生まれ変わった幼い少女が大人の恋を語る。

少女を連れ出した白髪になった元夫がロリコンと疑われたりする。


もう一度生まれ変わってもまた一緒?というのは偶然の出会いから生じた二人だけの世界が決められた運命でありたいという願いから生まれる。


偶然ではないその出会いは生まれ変わるというロマンチックな世界がもたらしたもの、
人はロマンに引き寄せられるから本を読む。

「月のみちかけ」は地球の波の満ち引きを生むように決して一方に偏ることはない。


ちょっとだけ死んでくる」、そう言って結ばれない今の世界を逃れ結ばれる未来に夢を繋ぐ、もういくばくかの時しかない時間を捨てて次にかける。


ありようもない世界は死を軽く扱って、深いテーマに挑んでいる。


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# by willfiji | 2017-06-30 15:25 | 読書 | Comments(0)

外来種は本当に悪者か?(読書no.219)

「外来種は本当に悪者か?」(著・フレッド.ピアス)The New Wild

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ボクが毎日のように犬と遊んでいる多摩川にもカミツキガメ、アリゲーターガー、そしてピラニア等外来種が住んでいる

春になればセイヨウタンポポがいっぱい咲いて、日本タンポポをみつけるのが難しい。


ボクの中にも「日本がんばれ!」の気持ちがあって、外来種がはびこることは望まない。


一方、人間社会を考えると排他性が勢いを増している。

最も憤りを覚えるのはヘイトだ。中国や朝鮮・韓国・在日の人まで憎悪する発言や行動が目立ってきている。本屋に行くとヘイト物が並び、最近はネトウヨをマーケットにしたゴーストライターに書かせた元外人タレントの本が30万部も売れたという。

普通本を読む習慣があるなら人は真実を知り、多様性を認めるようになるものだが、右傾化から抜け出せない人がいる。特にネトウヨの言葉は街宣車のがなり立てる騒音と同じで聞くに堪えないものばかりだ。在特の人たちがいることは日本人として恥ずかしいと思う。


人間も動物お同じような属性を持つとしたら外来種を忌み嫌うことはボクの心情にはあわない。
この本は外来種に対しての考え方に新しい世界を示す。ニューワイルドという新生態学だ。


環境保護はしばしば以前の状態に戻す手段を取る、保護地区の設定や外来種駆除の多くの有効性は限定的だ。

著者は「以前の状態」とはいつのことかと問う。在来種はいつ在来種になったのかということだ。日本人だって同じだ、中国や朝鮮、韓国のひとたちやアンデスに住む人たちと同じ蒙古斑を持ち、今生きている人間は共通の遺伝子を持っているホモサピエンスということを考えれば、みんな在来であって外来でもあるのだ。


この本には納得できない部分もある、環境はあるがままにしておけば自然そのものの移り変わりに対応する、それが自然だというものだ。


汚染が進んだ場所で在来種を押しのけて外来種が生き抜いていたら、外来種が生物多様性を守ったことになるというのだ。
今、野生動物が一番増えているのはチェルノブイリの人が住めない放射能汚染地区、かつて
5万人が住んだ場所にはヤマネコ、オオカミ、ヘラジカ、ビーバー、イノシシ等々、渡り鳥までやってくる。野生動物は長生きしたあげく病気で死ぬことはほとんどないと解説する。死生観を考えさせられる。


温暖化によって気温が
2度上昇すると1/4の動物が死滅すると環境保護者は言うが、新しい環境で生きる動物が増えてそうはならないと著者は言う。


「急激で破壊的な変化をふくめて、変わることは当たり前、世界はいつも流転、生態系が新しくなることは自然保護の脅威だとされてきた。それが現実でありチャンスでもある」と説明する。


30年程前、多摩川はヘドロの川だった、それが今アユが遡上する川になった、前述したように外来種も住んでいる。

多摩川が綺麗になったのは人間の意志による、その意志を自然の成り行きとすればそれに任せたままだとも考えるが、自然保護の観点があったことは確かだ。


外来種について考える時、外来種を認める中で人間ができることをしていくことだと思う。環境保護は大事だが捕鯨問題のシーシェパードになってならない。


アフリカのエボラ熱、ヨーロッパの口蹄疫、アジアの鳥インフルなどは持ち込んではならないし入ったら徹底駆除すべきものだ。


ボクに結論の出ないことがある。ニホンザルを守るために外来のアカゲザルを動物園が殺処分したというものだ。

固有種は日本の文化だが、守るために外来種を殺していいのか?


猿被害で
2万頭のニホンザルが殺処分されている現状もあって、アカゲザルを殺処分しても問題はないと判断があったようだが。ボクにはすっきりしないものが残っている。

ニホンザルの尻尾が将来長くなってもいいと思うのだが?結論は先延ばしだ。


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# by willfiji | 2017-06-22 17:57 | 読書 | Comments(0)