空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
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<   2015年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧


時を刻む湖

時を刻む湖」(著・中川毅)
地球誕生から45億年、それに比べたら5万年の時はわずかだ、軽いそんな気持ちが吹き飛んだ。人間はせいぜい100までしか生きないが、歳を数え1年1年を節として生きている。
この本は5万年の時を測るとてつもない事に打ち込んだ若き研究者の20年の物語
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福井にある水月湖(すいげつこ)という湖の調査によってその湖の年縞(ねんこう)=湖の底から40Mの堆積物の層が5万年を刻む標準指標になったことを知る人は少ないだろう。それは2012年の事だ。
学生の頃から20年余りその研究に関わった著者の記録は一途な研究者の真摯な思いとして、人間の持つつきない探究心と効率や合理主義とは違った真理を追求するという人間の進化へ向かう姿勢をみることができる。

動植物の化石や堆積物の生きていた年代を知る方法に放射線測定というのがある。死んでから放射性物質が還元される年月から割り出すという。

今何時なのかは時計でわかる。1メーターはどのくらいかも定規や巻尺でわかる。時間や長さが正確かどうかを知るには標準がなければわからない。

その標準を年代に対しては水月湖の堆積物の層にすることが決まったのだ。それはすごいことだ。放射能測定で測ったものが正しいかどうかをその基準で見るということが決まったのだ。

たった5万年なのか?45億年ではないのか?そんな疑問も解き明かす、5万年まえまでの正確な年代がこれまで以上にわかったということだ。45億年前など、まだまだアバウトだ。
例えば今までは100年位の誤差があった氷河期の終わりは1万1650年前プラスマイナス34年とされるほどに精度があがったのだ。

水月湖の地域的特性が知られざる時を正確に刻んだ、1年の移り変わりで1ミリの層ができる、春は雪解けの水がミネラルを含み珪藻が育ち同じように夏、秋、冬と違った動植物プランクトンが発生し季節ごと、年毎に層をなす。その想が攪拌されることなく海底にあったのが水月湖という奇跡の湖だったのだ。

なぜそこまで精密なものが必要なのか?その答えはあってないようなものだ。5万年前に人類はやっと世界の頂点を占めるべく道具を使って歩きだした、34年という誤差のない年表でその歴史を知ること、それは人類のロマンではないだろうか。

素晴らしい堆積層があることを知った科学者はこれこそが時代標準になると発見してからテーマを定めた、そのクリエーションがすばらしいと思う、年末にふさわしい書であった。

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by willfiji | 2015-12-31 11:10 | 読書 | Comments(0)

パンダの死体はよみがえる

パンダの死体はよみがえる](著・遠藤秀紀)
動物園で一番人気ものはなんといってもパンダ、かわいい姿の一番は竹を手で引き寄せてその葉をつかんで食べるしぐさだ。
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パンダには5本の指と硬い骨があってその6番目の指を使って上手く物をつかむと言われていた。

著者は多くの動物達の遺体に科学のメスを入れてその不思議を解き明かしているこの道の第一人者。パンダの6番目の指は随意に可動するものではなく手首と7番目の指ともいわれるものがあって物を掴むと解明し世界的にも注目された獣医学博士だ。

戦後インドのネール首相から贈られた日本の子供の心を癒したゾウのインディラのことにも触れる、その1年前にタイからやってきた花子はいまだに井の頭自然動物園で健在だから戦後は決して遠くはない。
戦争によって殺処分を余儀なくされた動物達の遺体の処理のずさんさを指摘して博物館の引き継いでいくべき事を提言している。
遺体や遺骨は生きている時よりもずっと長くしかも多くの事柄を私たちに教えてくれるからだ。

ニホンオオカミの生きた姿を見ることはできないが、残された数体の遺骨からその姿を再現して、雄大な動物の歴史の歩みを知ることができる。
大陸から離れた日本で動物達は固有に進化した、シカ、猫、鳥、クマ、オオカミは少し小型になって生きてきた。小さな領域で命を繋ぐためだからだ。
一方北海道と本州とは違って、エゾオオカミ、エゾヒグマは大型だがその謎は北に行くほど大きくなる種の特性とのバランスで生じたと考えていいだろう。

1億年前に生きていた恐竜を今に観ることができるのはこうした学者達がコツコツと地道に研究しておかげだ。

動物達を見ていると時代の捉え方が違ってくる、50億年前に地球が生まれ10億年後に命ができて2億年前に哺乳類となって、400万年前にサルが2本足で歩くようになった。
キリストが生まれてまだ2000年しか経っていないことを考えるとボクの半生はクシャミの程にもない。そのくしゃみの時間に知るのは自然のなかのほんのわずかでしかない

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by willfiji | 2015-12-28 14:39 | 読書 | Comments(0)

つめたいよるに・デユーク

つめたい夜に」(著・江國香織)
悲しい犬との物語と知っていて躊躇するものがあったが短編集の冒頭が「デユーク」。
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犬を飼う人の試練は人間に比べて余りにも短いドッグイヤーと呼ばれるその寿命だ。大型犬で10年~15年、小型犬でも15年を超えれば長寿犬だ

命の大切さや儚さを初めて知るのは多くの人にとってペットからではないだろうか。
涙が止まらない程悲しくなるのは多分大人になってからだと思う。

ゴースト」という映画を観た人も多いと思うがあれが大人の悲しさだ。
「デユーク」はゴーストの犬版ともいえる。愛情をかけた者が死に、魂がさまよう中で言い残した事を伝える、洗練された著者の文体は優しく悲しい、失ったものへの執着を静かに薄めていく

犬との関係は彼や彼女、友人、娘や息子、そして孫の時もある。
ボクの場合は長男、次男だったが三番目は三男ではなく初孫になった。
犬はあくまでも犬で必要以上の擬人化はすべきでない、世界には飢餓状態にある子供達が何億人もいるということをわきまえて飼うという理性が必要だ。
その中で、愛情を注ぐ、犬との暮らしはかけがえのないものになる。
犬は人の言葉を覚える、難しい言葉はわからないが、飼い主の気分がわかるようになる、10歳を超えれば言葉がみつからない感情までもわかってくれる。

そんなパートナーとの別れがあっという間にきてしまう。どうしようもない定めだ。「デユーク」はゴーストと同じように「その時があったことを感謝する」気持ちに導いてくれる、勇気ある愛犬家にオススメの本だ。

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by willfiji | 2015-12-22 12:03 | 読書 | Comments(0)

ティングトゥ

ティングトゥ」(著・ポール・オースター)1年に一度サンタクロースの仕事をする男と寄り添っていた犬との話。

男は貧乏詩人で旅人、犬といつも話をしていた。この物語の面白いのは犬の側から語る場面が大半だからだ。
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男は病んで愛犬の傍らで亡くなる。その後犬は野良となって暮らし危ない目にも会って、アメリカの裕福な家族と暮らす事になる。
犬を見つけて飼いたいと強く望んだのは小学生の女の子、まだ幼い弟は怖がっていたけど、犬の優しさに慣れて犬と遊ぶことが大好きになる。若くて美しい母親も犬に愛情を注ぐ、パイロットの父親は犬を家に入れないこと、去勢すること等を条件に飼う事を許可するが犬には興味がない。

この4人それぞれが犬に語る、父親のいない時、話父親のいない時はいつも内緒で母親は犬を家の中にいれて話かける、結婚生活が決して満足のいかないこと等アメリカ社会の抱えた問題が透けて見える。

犬を飼っていると、犬の事がよくわかるようになる。きっと犬の方でも接する人の心の中までわかると思う。愛情をかければかける程彼らも慕ってきて裏切ることはない。
犬は愛情をかければかける程それ以上の喜びで慕ってきて裏切ることはない。

この物語は犬を飼う人の様々な接し方とその時犬が考えているだろうことを見事に書いている。
我が犬との関係がなくてはならないものと改めて思い直すことができる、犬好きの人にとっては納得のいく本だ。

犬は最期に詩人の待つティンドゥの世界に旅立つ、
犬は親友であったその人をきっと一番の飼い主に選んだのだろう

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by willfiji | 2015-12-19 12:27 | 読書 | Comments(0)

河畔に標なく

河畔に標(しるべ)なく」(著・船戸与一)ミャンマーの軍事政権時に繰り広げられる、マンチェイス(人を追う)冒険小説。
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この本を書くために著者が取材案内を頼んだ高野秀幸氏の「ミャンマーの柳生一族」を先週書いた、取材した結果がどんな小説になったかを興味を持った。船戸ワールドというものに初めて触れる。

ミャンマーはこの国をなんと呼ぶのかといったことでもわかるように複雑な事情が込入り、アウンサン・スーチーがやっと先頭に立つ事ができたが前途は多難だ。船戸氏が取材した時は北朝鮮と同じように軍事独裁政権下にあってこの本が発行された6年前はスーチーが湖を泳いできた米国人と面会した事によって軟禁から拘禁に切り替えられたという事があった。

ミャンマーはタイ。中国、インド、バングラディッシュ、ラオスに囲まれた人口5000万の国。少数民族も多く、それぞれが独立を標榜し、各国の思惑もあって敵味方が常に入れ替わる。軍事政権資金は少数民族の栽培する阿片によって作られ、その資金はロシアや中国からの闇ルートによって運ばれる武器の購入に当てられる。中国系やインド系やイスラム系の人々が登場する、その生い立ちはこの国の歴史に忠実だ。

ミャンマーと日本の関係も歴史的事実に基づいて書かれている
スーチー氏の父親アウンサンはビルマ建国の父。イギリスからの開放と独立を約束して日本軍がアウンサンをバックアップするが、結果は日本支配、アウンサンは日本に反旗を翻す。事実は小説の質を高める。日本がアジアの人々の開放を目指したのが太平洋戦争だとネットウヨばかりではなく言う人が出てきた、真に受ける人が多い事は危惧すべきだ。この小説からも歴史を正しく学ぶ事ができる。

トランプ氏やフランス極右のルペン党首の人気が高まっているがこの人達が国の指導者になったらどうなるだろうか?日本も同じ傾向がある。
世の中が混乱すると強い者に引っ張っていってもらえばいいという人達が増えてくる。
EUにみられるように人類は多くの戦争から学んで戦争のない世界を目指してきた。時代は逆戻りしだしたのだろうか
そうなってはならないという人が絶対多数を占める世界を作らなければならない。

小説は武器が物言うマンチェイサー物語だがそれに相応しい結末となる。武力では何も解決しない からだ。

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by willfiji | 2015-12-11 18:29 | 読書 | Comments(0)

ミャンマーの柳生一族

ミャンマーの柳生一族」(著・高野秀幸)軍事政権時代にミャンマーに不法侵入を何度もして少数民族の実体を独特のユーモアで紹介した著者が早稲田探検部の先輩船戸与一氏と旅する冒険旅行記。
この本は軍事政権を徳川幕府と位置づけ、封建体制を維持する裏組織を「柳生一族」として登場させる。確かな取材が裏付けているからスーチー氏の父アウンサン将軍からの歴史がフィクションとしてよくわかる、
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少し前にミャンマーからロヒンギャと言われるイスラム教を信仰する少数民族の悲劇が報道された。ミャンマーには中国系、タイ系、インド系、そしてビルマの竪琴にもあった首狩り族等の少数民族を擁する多民族国家だ。軍事独裁政権が抑えていた時は目立たなかったが選挙で勝ったスーチーさんの前途は多難、中東と同じ火種にならない事を祈るばかりだ。

先日、会社時代の同期との旅行があった。気の知れた仲間の一人がボクに聞いた。
最近のボクのブログやFacebookの事だ。
「君は政治家にでもなるのか?」というものだった。仲間と飲む時に政治的議論になることがあるが、ボクのそれは少し時限が違うらしい。

戦後70年、世界戦争は起こっていない。危ない危機をこれまでも何度か乗り切ってきた。日本は「平和憲法」があった。それは、広島、長崎、沖縄、と200万人の犠牲から生まれたものだ。

この間、ソ連が崩壊し、EUが拡大し、フセインが倒れ、中国がサミットに参加し、アラブの春が起こった。これで人類の夢であった世界平和が実現すると思ったが雲行きが怪しくなっている。
先進国の指導者の多くは世界を俯瞰することなく自国を優先する主張によって選ばれた人になってしまった。譲ることを知らず、ナルシストとも言える人たちだ。新帝国主義と表現され出した。日本もこの流れの中にある。日本の民度でなんとか正さなければならない。

話を本に戻せば、軍事政権の中、ミャンマーの人たちは圧倒的な統制の中でもスーチーを思う心を捨てなかった。これからの困難な道もこの人たちがいれば解決して行く可能性はある。これこそが民度だ。世界中からパリのテロへの追悼の意が伝えられている。そして武力では解決しないという声が日増しに強くなっている。

武力に頼る人、武力を抑止力だという人達は武力で解決できないなら何で解決するのかとうそぶく、その何かは人類のテーマで簡単に見つかるものではない。
ただ言えることは「武力ではない」ということだ。

簡単ではないことだができることがある。
それがボクにとってはブログやTWITTERやFACEBOOK
だ。
ミャンマーの人達が軍事政権から主権を勝ち取ったことに我が身を置き換えればそうなる。

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by willfiji | 2015-12-03 18:32 | 読書 | Comments(0)