空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
by willfiji
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
メールアドレス
フォロー中のブログ
カテゴリ
以前の記事
最新の記事
最新のコメント
紹介 日本語の起源..
by コトタマ学 at 22:03
ジョニー店長、動物達は何..
by パピヨンパパ at 21:10
目は、口ほどに…と、言う..
by Jony店長 at 20:08
大変参考になりました!!..
by 拓也 at 21:52
拓也君偶然ですね、弓張は..
by パピヨンパパ at 11:03
佳苗ちゃん、いいよ!幹事..
by パピヨンパパ at 10:24
突然のコメントすいません..
by 拓也 at 12:47
良いなぁ…月山!! 来..
by 佳苗 at 10:34
ジョニー店長。休みの考え..
by パピヨンパパ at 08:23
平田さん、   ご意見良..
by jony店長 at 21:48
最新のトラックバック
venushack.co..
from venushack.com/..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
正義と信念のために
from 笑う社会人の生活
ドイツ皇帝の最後の宮殿で..
from dezire_photo &..
トキ 4羽の繁殖成功 多..
from ローカルニュースの旅
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2015年 04月 ( 4 )   > この月の画像一覧


2015・4月エクストリーム予選会始まる

4月26日 清里で待望のエクストリーム予選会が始まった。
このドッグスポーツは我が家の年中行事になっているが、
近年の状況を観ると、毎年開催が危ぶまれる。
先ずは今年を楽しむ事にする。

体高40cm未満のミニクラスの参加頭数は総合競技64頭。昨年より3割近く減っていた。




エクストリーム競技は世の中が求めているものだと思う。
ペット産業が拡大している中でこの競技が縮小傾向にあるのは、やっている人たちややりたい人たちのニーズをつかんでいない事にあると思う。

自分の大好きなワンちゃんと一緒に走るこの競技、比較的簡単に誰にでもできるからやりたい人は沢山いる。ファミリーで楽しむことができる競技だ。
市場の声を聞くというマーケティング発想があったらもっと多くの人たちに親しめる競技になっていただろう。毎年のようにその思いは募る。

兄犬のパルティー・12歳は今年新設されたバーダウンのシニアコースを走った。シニアクラスができると聞いた時、やっと声が届いたと喜んだがルールを聞いてがっかりした。マイナス点がつけられるだけの事だった。シニアクラスの戦いではなかった。喜びが半減した。
長年エクストリーム競技をやってきたワンちゃんたちが老犬になっても競い楽しむ、それが夢だった。
ゴルフのでジャックニクラウスがシニアクラスで大人気なのはなぜか?マーケティング思考は世の中の動きを知ることからはじまる。

パルティーはシニアコースをクリーンランした。バーダウンのペナルティーがついた。

そしてライクル、期待通りに、初戦で予選突破だ!総合6位。
去年は5位だったが嬉しさは変わらない。

ハイスピードは初戦では無理だと考えていが あと一歩次点の8位に入っていた。次につながる!

今回、オープンクラス(40cm以上)でいつも上位を占めアジリティーでは世界戦にも出場しているA氏と観戦しながらその見解を聞き、流石だと思った。
犬と人間の関係の密度が競技を更に面白くするというものだ。わかってはいたが忘れていた原点を思い出すいい機会となった。

犬自身が走りたい、楽しい、と思うように日頃から関係を作ること。
餌や遊戯で釣るのではなくよく走ったというそのことを一緒に喜び褒めてあげること。
ゴールして、ワンちゃんがやったよ!と走ってくるようになる。

当たり前だがスポーツは勝つ喜びがある。

それを犬とわかちあえたらすばらしいことである
ハンドラーを信頼して、観客や雰囲気に惑わされずに一心に共に障害を超えて走る。
それこそこのスポーツの妙味だ。

A氏はエクストリーム練習会を主催者とは別に開催しこの競技を草の根で支えている
主催者の日頃の努力には敬服するがこんな人の意見を聞くだけであまたの改善がなされるのではないかと思う。

[PR]

by willfiji | 2015-04-30 19:04 | スポーツ | Comments(0)

荒れ野の40年

 「荒れ野の40年」(著・リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー)

戦後70年を迎える今年、多くの日本人が願っているのは安倍総理の発言が隣国との関係を悪化させない事だとボクは思う。
a0199552_1011441.jpg


今、これ以上の反省と謝罪の重苦しさから逃れたい人達が発言を強め、加害者としてよりむしろ被害者としての振る舞いが目立つようにもなっていることも否めない。
この本は同じ敗戦国ドイツが戦争に対して歴史を見据え、永年の敵であった隣国との関係を友好に変えた、戦後40年を迎えた時の西ドイツの首相発言記録である。偉大な演説の書である。

ヴァインツゼッカーのこの発言がベルリンの壁を崩壊させ、争いの絶えないヨーロッパ各国がユーロ圏という統一体を持つに至ることにもつながったとされている。

戦後70年の今年、再び話題になっている書で日本とドイツの違いに様々な見解が発せられている。
この本に批判的な人は「ドイツ人は戦争をナチの責任であって国民はわからなかったとしている。日本人は戦争責任を国民全員にあるという考えがあって日本人の方が潔い。」と言う。

ナチという戦争責任を明確にして二度と戦争をしない国にするのと、責任者を断罪する事を良としないで、独自の寛容性を持って戦争を総括する国の違いがあるように思う。

この本は戦争を憎み、戦争の残虐性を隠さず、人としてやってはならないことを明らかにする。「和解と謝罪」が本心で語られる。戦争を経験した人達に戦争を心に刻み謝罪し和解を求める事を訴える。

ドイツにも戦争被害を多大に情宣する被害国がある。日本でも南京虐殺や慰安婦問題では過大とも言える被害が訴えられている側面がある。
被害者の訴えが過大であってもその事を飲み込んで和解する事が重要だと思う。
平和とは絶え間無い忍耐を人類に課したご褒美だと思う。

「荒れ野の40年」はこの夏安倍さんが語る戦後70年にどんな影響を与えているだろうか?
彼がこの本を読んだと聞いたが。少ない可能性を望んで止まない。

[PR]

by willfiji | 2015-04-21 10:18 | 読書 | Comments(0)

新・動物実験を考える

 「新・動物実験を考える」(著・野上ふさ子)
著者は動物実験全廃論の立場を取る人であって、動物福祉論者よりラジカルな主張になっている。あいまいさがない主張の方が明確で賛否の判断がつきやすい。

人は立場を明確にしなければならない時や結論をださなければいけない事もあるが判断がつきにくい事もこの世の中に多いことも事実だ。
近代の医学の進歩は様々な伝染病を防ぎ人の寿命は長くなった。それらを手助けしたのは実験動物ではなかったのか。そんな思いを持ちながらこの本を読み進んだ。
a0199552_16353847.jpg


ラット、ウサギ、犬、豚、猫、サル等様々な動物が実験動物として扱われている。
人間のために仕方がないものだと考えがちだがその扱われ方や成り行きを知ると
次第に動物実験を認める事ができなくなる。
読むうちにボクの立ち位置もラジカルに振れた。

この本は医薬。化粧関係の会社や研究者が必要を超えてしかも重複した動物を実験に使っていると記述する。麻酔をかけずに傷つけ、必要とされる何十倍もの濃度を動物の体で試す。脳や臓器を切開排除してその機能を確かめる。その結果得られるものは今までわかっていたことや学会発表用だけの資料に過ぎないと驚くべき実態を明らかにする。

先進国のほとんどにある動物実験をする法律が日本にはない。日本は世界でもまれな動物実験実施国ということだ。

他にもショックなのは、実験動物に払い下げられる犬の存在だ。保健所に持ち込まれる犬の中で人間に慣れた犬が専門業者に引き取られ安価で大学等の研究機関に売られている。
麻酔もかけられず神経系の実験に使われた犬を救出した話が書かれているがこれを読んで心痛まない人はいないだろう。
著者達の活動のおかげで動物実験の悲惨な状況が明らかにされることによって、多くの自治体が犬猫の払い下げをやめ、動物実験の実態を明らかにする方向が見出されているが、
日本はまだまだ先進各国の水準にはないという。

人間はあまりにも傲慢になっているのではないか?クローンをつくり臓器移植を続け、
永遠の命を求める人間の姿に誰しも疑問を持つと思う。
医師や研究者の使命は命を敬う気持ちがあって成り立つものではないのか?それは生き物すべてに向けられるものではないのか?著者は鋭い。

かつてはそれなりの理由があって動物実験が行われていた。もうこのへんでやめてはどうだろうか?
人類は折り返し地点に来ているのかもしれない。この本はラジカルにそれを問いかけている。

[PR]

by willfiji | 2015-04-16 16:40 | 読書 | Comments(0)

沈黙の春

沈黙の春」(著・レイチェル、カーソン)
原著は1962年にアメリカで出版された。環境問題に大きな影響を与えた古典ともいえる本だ

a0199552_1337508.jpg

当時日本も先進国の仲間入りを果たそうと効率一筋で工業化の道を走っていた。
戦後DDTをアメリカの兵士が日本人に振りかける映像を多くの人が見ているだろうが、それは僕が生まれるほんの少し前の出来事だった。
DDTのおかげで日本は衛生的になった。

化学薬品が世界中にばらまかれた。カーソン女史はそんな世界に警笛を鳴らした。
汚染された土壌で育つ生物は連鎖によって毒性を高め人の食用になって病巣をつくる。
産業界はそれを無視して更に突き進む。やがて各地で公害が顕在化して人々を襲う。
同時に薬害に人々が目をむけるようになった

本書は環境運動に大きな影響を与えたが半世紀経った今も問題が解決されたわけではない。
古典は原則を示す。この本を貫く思想は人間の奢りをたしなめるものだ。

生物はお互いに共存しあって命を守っている。バランスを崩せばその頂点にいる人間そのものが危うくなる。女史は害虫駆除を否定しているわけではない。チフスやコレラや狂犬病等、人間は科学の力で病魔を制御していることも事実だ。

女史には既に生物多様化という視点があって効率ばかり追うのではなく、最も有効な方法を考えて行く姿勢が妙薬になると指摘する。生物の事を考える時そこに矛盾は必ず生ずる。

「沈黙の春」とは生物循環が断たれ春の訪れがこない日を示す。人が利潤追求だけにはしればそんな怖さが現実になる。

そうならないためにベストがみつからなくてもベターの道を進むという優しい解決の道をこの本が示していることにホットした。
ある種のハエの雄に放射線を照射して大量に放ち不妊化させ死滅させたという例など興味深く読む事ができた。



[PR]

by willfiji | 2015-04-03 13:45 | 読書 | Comments(0)