空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
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<   2015年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧


珍獣図鑑

珍獣図鑑(著・成島悦雄)
3大珍獣といえば、ジャイアントパンダ、オカピ、コビトカバだが、
著者は珍獣にはその理由はないと12種の珍獣を紹介している。
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動物園に行くと1種、1種が珍獣であると思わざるを得なくなる。
なぜ、あの模様が?なぜ、あの足が?手が?目が?耳が?と不思議に思いがめぐる。
神が創った芸術品だと言ってもおおげさではない。

この珍獣図鑑、小学校高学年なら十分読み解くことができるものだ
珍獣の体の特徴と機能を図解で見せて生きるために進化してきた過程がよくわかる。

哺乳類の中でヒトは今や70億、やがて100億を突破するずば抜けた最大種であり進化の頂点にも立つ。
日本人1人が使うエネルギーと1頭の象が使うエネルギーは同じと説明が最後にある。
ヒトは60Kg、象は600Kg、100倍のエネルギーを使うのだから人間の知恵を使って自然を守っていくことが大切だと締めくくる。

井の頭自然動物園園長にふさわしい構成だ。もちろん「ヒト」も珍獣の1種として紹介している。

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by willfiji | 2015-01-30 17:32 | 読書 | Comments(0)

死を悼む動物達

死を悼(いた)む動物達」(著・バーバラキング)
「愛する相手を亡くして嘆いているのは人間だけではない、猫からイルカまで、おびただしい数の観察例がそれを示している。」
この本の観察例は哺乳類ばかりでなく鳥類や爬虫類にも及ぶ。
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動物に感心のある人なら動物には死を悼む心があると感じていると思う。
人によって感情は様々で、動物自身の感情というより動物への愛から生じる自分の感情移入によることも否めない。ボク自身が愛犬家であり、兄弟犬を飼い、兄犬が死を迎えた時、弟犬もその死を悼んでいるのだとお互いに励ましあった経験を持つ。

著者は愛猫家でもあるが自然人類学者として感情移入を極力抑えて観察記録のありのままを伝える。

死んでしまった我が子の亡骸を抱えて何日も過ごす母ザルやイルカ、リーダー象の死骸を囲んで土をかける同じ群れの象達、観察記録の多くが死を悼む動物達の姿を浮かび上がらせる。葬ると言うことが進化の課程を現すと著者は記述する、旧人類であるネアンデルタール人が既に埋葬をしていた事にも触れる。

「死を悼む」ことは愛情の裏返しだ。動物に死を悼む心があるとするなら、人間の動物への接し方も変ってくるだろう。ヤギ、牛、ウサギ、ウマ、豚といった家畜動物も死を悼む姿がある。観察の中で著者は個によって悼み方が違う事を発見する。個人によって優しさが違うのは人も動物も同じだ。

「死を悼む気持ちが進化の度合いを示す」という視点こそ本書の主題だと思う。

悲しみは愛から生まれる場合が多い。
「悲しみを避けるために愛さない」
そんな気持ちになることもある。それは進化のゆらぎなのだろうか?

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by willfiji | 2015-01-28 17:51 | 読書 | Comments(0)

犬はきらい?

 「犬はきらい?わたしを変えたダメ犬サーシャの物語」  (著・エミリー・ヨッへ)
愛犬家なら誰でもその題名につられて気がつけば手に取っている本だ。

主婦でありライターである著者がアメリカの普通の家庭で犬と暮らすその日常を書いている。ライター独自の言い回しやアメリカ的なユーモアに無理に付き合って幾ページも読む努力が必要だが我が犬を思う気持ちは同じ、宝物であることに変わりはない。
ライターという職業を活かして、ペット先進国の犬事情がよくわかる。
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初めてボクがアメリカへ行ったのは何十年も前の米国小売業視察だった。
「日本のペットショップと違うのは?」と講師の先生から課題が与えられ、既に大規模チェーンに成長した「ペットコ」に足を踏み入れた。天井まで高く積み上げられたペットフード、綺麗に連なって配列されたトイレタリー、あらゆる種類のおもちゃ、日本では獣医からしか手に入れられないフィラリア予防薬等に圧倒された。値段はポピュラープライス
そこで課題の答えが見つかった「犬がいない」のだ。
日本では生体を売るがアメリカでは店頭陳列は禁止されていて犬は専門のブリーダーか犬の保護センターから手に入れるようになっていた。

本のサーシャはビーグルの保護団体から著者が譲り受けた犬だった。ブリーダーが犬種別なのはわかるが保護団体もとは驚いた。何十年か前に見た、ペットコの大きさが蘇った。
犬のイベン卜が各地で行われ、アジリティー競技の訓練は順番待ち、ビーグルはこの競技に向かない犬種だと入れてももらえない等、ここでもアメリカだなと思わせる。

「自己責任」の考え方も徹底されていて何でも「禁止」の日本とは違う。
ノーリードできる犬、できない犬は飼い主に任され、優秀なドッグトレーナーはひっぱりだこ。
犬が危害をあたえた時の責任は計り知れないから飼い主はその前にしつけをする。

州によって違いはあるようだが、「自由と責任」 の考え方が根本にある。

「お巡りさんに叱られるから悪い事をしてはいけない」のではなくて、悪い事は他者を傷つけることだと責任の基本を教え後は自由だと制約をしない。

この本はそんなことまで思い出させてくれた犬大好き人間がうなずける本だった。

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by willfiji | 2015-01-20 10:39 | 読書 | Comments(0)

犬の伊勢参り

犬の伊勢参り」(著・仁科邦男)。
以前、四国・金比羅さんに行った時、犬が祀られていて、金比羅参りの犬の話を聞いた。犬が主人の代理で江戸からお参りに一人(疋)でやってきたというものだ。

真偽を問うまでもなく、江戸の昔話に楽しい気持ちになった事を覚えている。
愛犬を連れての旅だったから、我が犬にも御利益ありと一緒に頭を下げた記憶がある。
伊勢にも犬がお参りしたという言い伝えがある。

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虚説ではない、著者は実際にあった話として各地に今も残る多数の文献を紹介している。
滝沢馬琴や十返舎一九も犬の伊勢参りを書いていた。
著者は「街道を行く」の偉大なる作家の司馬遼が江戸の作り話と軽くあしらった事に真っ向から反論している。勝負は著者にありと思わざるを得ない程に証拠は十分だ。

金比羅参りの犬にも実在したと触れている。金比羅さんとお伊勢さんの両方をお参りした犬もいる。
江戸時代から明治にかけて一人(疋)で伊勢参りや金比羅参りをした犬が確にいたのだ。

青森や長野や四国等全国から少なくない犬が伊勢への道を一人旅した。
小銭を通した首輪が目印だった。首輪には出身地と飼い主の名が記されていた。当時沿道の人々は心優しく犬を迎えた、宿泊の場を与え食事を与え小銭を加え、小銭が重くなると金に替えた。渡しは無料で船頭が預かった。

伊勢参りをする人は年間400万人も超えたからその人達と一緒に歩いたという。
お参り犬は特に白い犬が選ばれた。神のお遣いは白馬だったり白蛇だったりするから頷ける。

伊勢の内宮、外宮をお参りして家路につく青森なら2000Kの道だ。
ここでも人々が協力する。街道沿いに次々に送って行くのだ
但し一疋で何キロも歩く事もあったらしい。帰趨本能によるものかもしれない。

どれほどの犬が行って、どれほどの犬が帰ってきたのか定かではない。

この本、神宮とういう日本独自の文化を通して日本人と犬との関係を見事に描きだしている。ノーリードで誰が飼うという事なく沢山の犬がいた江戸の街、それは野良犬ではなく街犬だ。村々に住むのは里犬、そんな犬が日本中にいた。名前はアカとかシロとかブチだった。

野生ではなく家畜でもない犬達。そんな中で村人から願いを託されて伊勢参りする犬が何疋もいて街道毎に応援する人達がいた。・・・素晴らしい話ではないか! 

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by willfiji | 2015-01-11 15:19 | 読書 | Comments(0)

戦火のバクダット動物園を救え

「戦火のバクダット動物園を救え」は南アフリカの象の保護活動家のローレンス・アンソニーが、サダムフセイン失脚直後にイラクバクダット動物園の動物を単身で救い出す感動のノンフェクシ

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「戦闘地域か?非戦闘地域か私に聞かれたってわからない」と小泉さんが開き直ったその時、バクダットは戦闘地域だった。
アメリカ軍が撃破したイラク首都バクダットは空爆により街の機能は全く失われ、フセインという独裁者は去ったがイラク人のアメリカ軍に対する報復心は強く銃撃戦があちらこちらで勃発していた。市民は餓え、食料確保のために略奪が横行していた。

銃火をかいくぐりたどり着いた動物園は墓場と化していた。
草食動物や鳥類のほとんどは略奪され食料となったり動物商人に売られたりした。残っていたのはやせ細り脱水症状を起こし獰猛さが狂気によって更に増したトラ、ライオン、ヒョウ、チーター、ヒグマといった肉食獣達だ。積み上がった糞や動物達の死骸からのすざましい悪臭とハエの群れ。アンソニーはその地に自分の意思で降り立った。


戦争は一番弱い者が最も犠牲になる。特に動物園の動物はその弱者だ。
上下水道、電気、通信、等々あらゆるインフラが破壊され略奪者が横行する中、ローレンスは私財を投入して元動物園従業員を雇い、唯一動物園に残って奮闘していた獣医である元副園長と協力しバケツを探し脱水症状にある動物達に水を与える作業から開始した。
水場から園内に運ぶ重労働の日々、当初は街の治安で手が回らなかったアメリカ軍も協力するようになりマスコミにも取り上げられて動物団体からの支援も寄せられた。

サダムフセインが所有した宮殿にはその時数頭のライオンをはじめチーター等の猛獣が残っていた。フセインの息子ウダイは独裁者の後継にありがちな残酷性を持っていた。ライオンはウダイのライオンと呼ばれ恐れられた。反対する者はこのライオンの餌になったと語られていた。

動物園を維持するには多大な資金が継続的に必要だ。すさんだ戦争で疲れた人の心を癒すのはかつてイラクの人々の憩いの場であった動物園の再興が必定だ。
だが動物団体にもいろんな考え方がある。動物を他国の保護区に移動させようとの動きとイラク人従業員とが険悪な雰囲気になる。様々な問題が起こる。

アンソニーの片腕ともなった元副園長が逮捕される。フセインの親衛隊であったバース党党員だったという理由からだ。フセイン統治下にあって管理職は党員にならなければ仕事ができなかったことなどスンニ派とシーア派の争いのなかでは受け入れられない道理だった。
アメリカを嫌悪するイラク人は動物移動の主張を国の宝物を奪う者として見た。アンソニーは問題山積の中で動物達の身になって考え、ある時は妥協して道を探した。
その苦悩は文面から伺えないがそれこそ動物愛護の本質を突く問題提起だ
戦争の一番の悲惨さは憎しみが増長する事にある。その後のイラクの状況はイスラム国の出現という今を迎えて収拾の方向すら見えない。

大量破壊兵器を持つという理由で始まった戦争が今その兵器は無かったと言われる。このいい加減さ。果たして多くの人や多くの生き物の命を奪い憎しみを残した戦争とは何であったのか? 
日本を省みても湾岸戦争時お金しか出さなかった事で国際的に非難されたとして非戦闘地域?に自衛隊を派遣しその後の拡大解釈は集団的自衛権の容認へと至る。

アンソニーは少なくともバクダットの動物達を救った。偉大な事を成し遂げた素晴らしい敬服すべき人だ。
故郷南アフリカに帰ったアンソニーに悲しいニュースが届く、酔ったアメリカ兵が動物園のライオンを射殺したという。アンソニーが命をかけて救ったライオンだ。

人間はなんと愚かであろうか、動物達が人間という生物の頂点に立つ者を独裁者だと思わせないような日が果たして来るのだろうか。

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by willfiji | 2015-01-06 11:51 | 読書 | Comments(0)

2015・謹賀新年

箱根駅伝が放映される合間、遊ぼうよ!としきりにおねだりする愛犬ライクルに負けて、多摩川でフリスビー、兄犬パルティーと共に富士山をバックに撮影した。
今年も良い年になりますように!

正月の富士山は美しい、なだらかな稜線は活火山であることを忘れさせる。広い裾野は日本人の心に通じる。
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休火山という言葉を使わなくなったと聞いた。人間の歴史では休み中でも地球の歴史では活動しているという。的を得た見解だ。

高度成長が終わって成熟社会を迎えた中、時代のキーワードは画一化から多様化に変わった。多様化には違いがある。ぶつかる危険がある。危険を回避する知恵を持つことが問われている。

皆同じ方向を向いて同じ意見であるという場合や少し違うけど許容範囲だから妥協するというような状況は世の中には多い。これで物事が潤滑に進むのだけれど違う意見や違う方向がある時の対処の仕方や考え方が問われるという事だろうと思う。

物わかりのいい お人好しになる必要はない。もちろん戦争やいじめなどやってはいけないことに組みされてはならないことは言うまでもない。
それぞれの別の価値観を認めると同時に自分の価値観をしっかりと明言できることが大事ではないだろうか。

裾野が広い富士山も活火山なのだ。
言葉に出してしまって少なくない失敗をしてきたボクが年頭に思う事は裾野を持つ事だと思う。
違いがあっても相手が許容する言葉で語れるようになることだ。それでも難しい時がある。

春になれば霞がかる富士。時には姿をくらます術も合わせて持ちたいと思う。

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by willfiji | 2015-01-02 18:50 | Thnking | Comments(0)