空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
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<   2013年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧


空翔ぶタイヤ

今話題の半沢直樹の著者池井戸潤の代表作に「空飛ぶタイヤ」がある。
主人公赤松は小さな運送会社の社長、不正を隠ぺいする大企業の官僚体質と真正面からぶつかる構図は「半沢直樹」と同じ、「10倍返し」の痛快さを味わう小説だ。
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車のタイヤがはずれて若い母親が死亡するという実在の事故がこの小説のもとになっている。物語のホープ自動車が現実のM自動車である事は冒頭からわかる。

M自動車はこの事故の少し前リコール隠しのために顧客が離れ売上が激減、元財閥グループの支えによる再建の途上だった。
その時に起こったこの事故がM自動車の責任なら今度こそ市場から見放される事になる。グループ会社の思惑が交差する。

赤松はホープ自動車の徹底した証拠隠しと偽装により、事故は整備不良によるものとされ加害者として遺族から糾弾され提訴される。警察は町の小さな運送会社は整備不良は日常だと家宅捜査し検挙の方向で動く。

弱者になればなるほどいじめられる。取引先の離反や融資の停止や借入金の繰り上げ返済といった苦境に赤松は立たされる。そんな中赤松を支えたのはひたむきに仕事をする従業員と地域から犯罪者と呼ばれても赤松を信じた家族だった。

赤松は同様の事故が整備不良として処理されている実態を知り何度もホープ自動車と証拠になる事故車部品の返却をかけあう。だがここで信実を暴露されればホープ自動車に勤める人の家族ばかりでなく関連下請け企業まで路頭に迷うという都合のいい企業の解釈がホープ自動車の総意となりグループの力を結集して赤松の前に壁となってたちはだかる。

赤松は訴訟に持ちこたえる資金も断たれ四面楚歌状態に陥るが戦いの手はゆるめない。
相手から口封じのための資金提供も断り正義のための排水の陣を敷く。

追い詰められた中で赤松を最後に救ったのはホープ自動車社内の内部告発と社員の証拠持出しだった。社内競争に敗れ左遷された社員の反抗だった。小さな良心もあった

読者はそれでほっとする。半沢もそうだがどんでん返しには奇跡がある。世の中は理不尽があっても正義の使者も来ないで「仕方がないと諦める事」がしばしばある。
池井戸氏は強い者に寄り縋るサラリーマンの実態を面白いように描き出す。
痛快に悪をやっつける場面はビジネスの中で正義を貫く事の難しさを象徴する。許すよりもやっつける方がスカッとする。池井戸潤は「小悪人は許し大悪人を許さない」その按分が心地よい。

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by willfiji | 2013-08-31 16:31 | 読書 | Comments(0)

2013・夏休み

8月15日から22日まで7泊8日で夏休みキャンプに行った。最初4泊は福島レジーナの森、そのあと3泊は山形月山弓張平キャンプ場で犬仲間M家とI家が加わった!とても楽しい1週間だった。

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そこで休みについて考えた。
休みというのは何かを休むわけだから、主ではない。
だが休みは安息日をキリストが設けたように人間として生きるために必要なことだ。
子供の頃、夏休み程楽しいものはなかった。野山を駆け回り、昆虫を追いかけ、
海や山に行って普段では味わえない体験をした。

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高校の時は友人と自転車旅行、ユースホテルを泊まり継ぎいろんな人と語りあった。3年生の時は長野の農家でひと夏を過ごし農業に少し触れて耕運機が運転できるようになった。大学に入って、テントひと張り持って日本海沿岸の海を泳ぎ歩いた時、山陰の海が気持ちよく泳ぎすぎて、捜索隊が出る所だった。
夏休みは僕を確実に成長させていた。
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社会人になり、高度成長時は休日がどんどん増えた、それでも欧米に比べればまだ少なく、
休みを怠けと考える風潮もなかなか消えなかった。

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高度成長が終わり企業環境が厳しくなると休みを罪悪視する経営者が出てきて、対抗すべき組合もいとも簡単に雇用と引換に休日返上を使うようになった。子供が成長して一緒に遊べず、休暇にやることがない人達が現れた事もそれを助長した。

管理職になったら休日返上しなければならない時は沢山ある。その時は黙ってやればいい。「休みを取るとは何事か」といかにも正論のように言う人はその前にやることがないかを考えない。人をコストだと考えているからそんな発言が出るのだ。ブラック企業と同じでコンプライアンスの問題だ。

長期休みは経営年度計画の中でスケジュール化して毎日何をやるべきかを考えられる組織を作る。それが企業の任務だ。真摯に働く人は休みを取る事で成長し企業にとってもプラスになる。

その場しのぎで休みも計画的に取れない会社は無理や無駄や経営者のブラックな考えがあるのだと僕は思う。

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by willfiji | 2013-08-25 11:06 | Thnking | Comments(7)

不要家族

ツチヤと言う人は哲学者だがそのエッセイは独特のユーモアで人を魅了する。

人がどう考えたらいいかと思う事を全く違った方向から考えて、思いもよらぬ結論につなげる。それでいいではないかと妙に納得させられるから不思議だ。

納得する点で似た所がある内田樹氏の本は彼の思想で論破する。結論に至る道が方程式のように解き明かされその道程に感心させられる。
一方ツチヤ氏は化学反応のように予期せぬ結果を眼の前に提示する。感心よりも鮮やかさがそこにある。

そんな土屋賢二氏の最新エッセイ「不要家族」を読んだ。

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ためになる。感動する。勇気をもらう。正しく生きる。
そんな期待があって本を読む事が多い僕はミステリーでも心の糧になるものを本に求める傾向がある。

その上最近つくづく口うるさくなったと自覚する。若者の非常識な行動やくだらないTV、右傾化する思想、補助金に頼る個人、マスコミのいい加減さ、自転車の通行の仕方や阪神の試合運びにまで、怒る自分がいる。

そんなことにこだわらなくても生きるにはそれほどの障害にはならないと思いながらも口うるさい自分が治らない。ツチヤ氏のエッセイは心の糧というよりも清涼飲料の様な心すっきりの役目を果たす。

氏の本を読んでいれば、怒ることなく問題をやり過ごすことができる。
「マザーテレサは人々を助けることに満足を見出しそれを追求したのだから利己主義者ではないのか」「夢の中に裸の看護婦が出てきた、裸なのになぜ看護婦だとわかるのか」
「古代ギリシア以来何が自分のためになるかは哲学者を悩まし続けた問題なのに、わたしの本がためにならないという理由で売れないことに納得できない」「自分の遺伝子を残そうとして行動しているといわれているのに、異性にモテようとする時自分の遺伝子を残そうという目的が自覚されないのはなぜか」と言った具合だ。

読者が求めている解答を見透かしたようにうまくかわしてそれ以上の解答を与えてくれるのがこの本の「ためになる」部分だと思う。こんな化学変化が僕の中に生れればもっと優しい自分になれると思う

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by willfiji | 2013-08-10 09:50 | 読書 | Comments(0)

青森ねぶた

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恒例の同期会旅行に行ってきた。今回は2泊「青森ねぶた祭り」に参加した。

幹事のMから提案があったのが昨年末の12月。一度観てみたいと思っていた。

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Mの話では参加する事も出来るという。子供のころ僕は新しい住宅街にいたから祭りに参加したことがない。

古い町の子供たちがお揃いのハッピを着て神輿を担いだり、縁日にその姿で遊んでいたのを見てうらやましく思っていた。この歳になって初めてそれができると心が躍った。
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Mの学生時代の友人が青森にいて席を人数分用意してくれて、衣装も着て祭りの中に入ることもできるとの話。同期メンバーで「飲んで観ている」か?「飲んで観て跳ねる」か?意見が分かれた。Kから「跳ねるなら飲めない」「跳ねるなら席で観る事はできないし跳ねるのには相当の体力がいる」という確かな情報(公式ページにはそう書いてある)がもたらされ、結論は「観るだけ」になって出かけた。それでもねぶたは魅力的だったが「そうするよ」と言っていたMからは何かあるという気配がしていた。
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いよいよ「ねぶた当日」。青森駅で迎えてくれたMの友人から7時からスタートするその前に「着替えてもらう」と説明を受けた。着つけは会社の女性がしてくれて「多いに飲んで跳ねてください」だった。

着つけは圧巻だった。二人の女性が我々6人をあっという間にぎゅっと締めあげて粋な姿ができあがった。肩甲骨が寄せられた。豆絞りの手拭を僕は鉢巻にして気合を入れた。安全ピンでいくつもの鈴をつけた。

祭りがはじまる!最初は座って飲んでいたが、機をみて、ねぶたの出しの前で跳ねる「跳人」(ハネト)になった!どこでもいいと言われていたから若い女の子がいる中に入って跳んだ!祭り衣装が歳を超える。「観るだけ」と言っていたKはいつの間にか「少しだけ」と輪の中にいて笑った。「お前!跳びが少ないぞ!」Kが照れ隠しで言った!

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MとAも一緒に跳ねた!KとHは観ることに徹していた。小さな鈴が跳ぶたび、歩くたびに鳴る。

ラッセ―ラ!ラッセ―ラ!

「一年中じっと我慢している東北の人達がこの時ばかりはねむけを覚まして跳ねるのがねぶた」。いいとこ取りした感が無くもないが、無邪気にひと区画を跳ねた! 


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by willfiji | 2013-08-06 21:04 | 自由 | Comments(0)