空のように、海のように♪


パピヨンパパの思うこと
by willfiji
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<   2013年 02月 ( 6 )   > この月の画像一覧


蛍草

蛍草・(著・葉室麟)とは『つゆ草』の事をいう。
はかない花だが、この本は心に一点の曇りもない元気で明るい娘、
奈々の「逆境の中でも前向きに苦難に立ち向かう姿を描いた物語だ。

『究極の葉室作品』との書評を読んで早速読んでみた。

難しい言葉を使いがちな時代小説を作家特有の易しい言葉で意味の奥深さを伝え、
読者の気持ちをぐっとひきつける。書評に誤りはなかった。


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奈々が武家の娘という身を隠し女中として奉公にあがった先は心優しい奥方の佐知とお似合いの夫(25歳)の市之進、そして幼い兄妹が暮らす質実で温かい家庭だった

佐知は妹のように奈々をかわいがり子供たちも明るい奈々に懐く。
奈々の振る舞いから武士の出であることを佐知は知るが深く詮索することはない。

ある日奈々がなぜ女中の自分にそのように接してくれるのかと尋ねる。佐知が言う。
葉室言葉はわかりやすい。

『いわれがなくても心配してしまうのは相手の間に絆があるからです。
ひとは絆にすがって生きていけるのだと思います。奈々もいつか、
そんな絆が目に見える日がくるでしょう』。


この一文に会えただけでもこの本を読んだ価値があった。

佐知の姿は奈々をうっとりさせるほど美しい。奈々も次第に美しい娘になっていく。
『蛍草』のいわれを教えた佐知は労咳に倒れ、家族を奈々に頼むと死んでしまう。

聡明で人望の熱い市之進は藩内に虫食う長老派の不正を正そうとする改革派のリーダーであった。

奈々の父は城内で刀を抜いたことで切腹させられ家は廃絶となった。
奈々が敬慕する市之進が戦っている相手こそ父を切腹に陥れた長老派だと知った時、
市之進は長老派の陰謀にかかり遠方に流され家は召し上げらえる。

2人の幼い子供を野菜を売って奈々は育て、父の仇討ちと市之進の赦免の道を探る。・・・

爽快小説だから、最後は心地よい結末となる。
葉室の文章の心地よさと伴って読書時間がエンターテーメン卜になったことは間違いない。

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by willfiji | 2013-02-27 11:33 | Thnking | Comments(0)

同期会旅行、松島へ行く。

今年も同期会旅行に行ってきた。朝野、木村、角岡、関口、福原、松本、林のいつもの面々があらかじめ送られて来た切符を手に東京駅新幹線乗り換え口に集まった。
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松本と林が永久幹事となって交互にやってくれる。ありがたいことだ。
今回は『どうせ飲むなら復興に一役』と松島に行くことにした。仙台生まれの林が全て手配をしてくれた。9時発で仙台までは2時間。既に買い物は終わったと何名かが待っていた。

僕はすかさずその買い物を点検。『少ない!』一人当たりビールロング缶1本しかない!車内販売求めて走ることは必定だ。『追加を買ってくるよ!』と言う。
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角岡が『朝からそんなに飲まないよ、仙台まですぐだぜ。』と心にもないことを口走る(笑)!こんな展開はいつもの事。即ハイボール、水割り計12本が追加された。電車に乗り込む。8人の中の酒豪は4人、その計算は僕の得意とするところだ!仙台に着いた時、全て予定を消化した。酒豪の中に角岡と僕が入っていることは言うまでもない。

同じ展開が2日続く!飲み過ぎるなよ!2本だけだよ!とブレーキをかける言葉も変わらない。免罪符にして旅が続く。『吟醸で!とういのを純米!』と言い直すのは松本だ。飲んだら同じ、注文も勝手知る者の技だ。

どのくらい飲んだのか?何を話したのかよく覚えていない。朝の露天風呂での会話もかわらない。
それでいて同じ話題になると話がつながる。
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あるメンバーの毒舌が今回は少ない、彼は脊髄を移植している。生死を彷徨った経験がある。頭髪が無くなった時、帽子姿がわんぱく少年のようで笑った事も懐かしい。もしかして再発か?その検査を受けるという。酒を控えたそのメンバーのために皆で伊達政宗の建立した瑞巌寺で祈った
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松島や、ああ松島や、松島や、』詠まれた句は奥深い。解釈は『かってにせよ!美しい海がここにあるではないか!』と言われている気がした。松尾芭蕉がこの地に着いたのは徳川の世も終末になりかけた時だ。

震災後2年、奥の細道にて同期が集った。各自が思うことの分かることもあり分からぬこともある
だが、この旅行、いつまでも続けたいという気持ちに変わりはない。

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by willfiji | 2013-02-23 15:17 | ビジネス | Comments(0)

等伯

今話題の直木賞受賞作、『等伯』(著・阿部龍太郎)上下巻を読まないわけには行かない。

女性画家『春香』の一途な愛を易しい言葉で描いた葉室麟の『千鳥舞う』も尾形光琳の放埒な生き方を書きあげた高任和夫の『光琳ひと紋様』も画家の生涯を描いた事では同じだがこの『等伯』は一味も二味も違った。作者が等伯の中に生きる小説だ。

長谷川等伯は幼い頃に能登の七尾の仏画家の養子となる。義父は秀でたその画才を見込み実娘の婿にする。仏画の域を超えた絵画に魅了された等伯は京の都に出て絵を極めたいと思うようになる。生家が武士の等伯は兄の本望である元七尾城主の畠山家再興の企てに協力する事を、京での修行と引換に約す。

そこから等伯の波乱の生涯が始まる。義父義母は自害し等伯の望む道を歩ませ、妻静子も等伯の思いを遂げさせることに尽くし短い生涯を終える。等伯は戦乱の中にあって、自分の魂に触れる絵画の真髄を求め、法華の道が説く『心をうち震わせる』絵を求め続ける

当時絵画の世界の頂点は狩野家が占めていた。その狩野に習いながらも等伯の心は埋まらない。長谷川派を目指すことになる。
信長、秀吉と狩野派は体制側につき、ことごとく等伯に対峙する。長谷川派を継ぐ程の力量を持った等伯の息子は狩野派の陰謀によって殺される。等伯は法華の道を心に、命をかけて絵を描き続ける。等伯の絵を見抜く高貴な人達に助けられ、遂に狩野派と並ぶ長谷川派を作り上げるに至る。

多くの犠牲が等伯を生かし長谷川派を創設するが、『自分のわがままで多くの人が命を無くした』と等伯はその犠牲になった者を思い悩み続ける。

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阿部龍太郎は等伯の葛藤するその姿を、悟りに至る僧のように真髄に近づく画家として描いていく。
日経新聞に連載中に3・11大震災が起きた。小説家に何ができるのか?
阿部は自分がうちのめされそうになった時、等伯の画集を広げ生命力をもらったと語る。

等伯の中に小説家として生き抜く道をみつけたのだと思う。上下2冊が丁度震災前後になるのかは書かれていないが。阿部と等伯のように仕事が自分の分身である時、人は一心不乱になれるものだ。

思えば最近は偉人ではない画家や鉄砲鍛冶や編集者の物語ばかり読んでいる。そんな自分に気がついた。人が最後に求めるものは見上げる権力ではなく等身大に生きる道なのだろうと思う。

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by willfiji | 2013-02-20 21:05 | Thnking | Comments(0)

早渕川野鳥観察会

この2月3日野鳥観察会に行ってきた。
同期の友人松本に誘われた今年で3回目、
月日の経つのは早いもの、
リタイヤして2年の歳月がながれた。
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去年から加わった同期の角岡も来た。
終わってから、去年見つけたあざみ野の駅前にある中華料理が結構いける。そちらが目的とは言うが、
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都会になってもまだ残る小さな自然に触れながら、
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そんなひとときが気に入っているのは僕と同じだ。
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まだ寒いが6kあまりを2時間位かけて歩くと、新陳代謝が活発になることを実感する。
鳥達も季節の移ろいに栖(すみか)を変え、代を変えて同じ姿を見せている。
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完全には名前をおぼえきれない野鳥達を観ながら、
自分の中で変わったもの、変わらないものがなんだろうか?
そんなことを考えていた。
2年の月日は長くもあり短かくもあった。今の自分がそこにいる
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紹興酒を飲み、語り、4時間以上を過ごした。友との語らいはこれからも変わらない

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by willfiji | 2013-02-17 16:38 | 動物 | Comments(0)

玉兎の望み

「玉兎」とは月のことを言う。字をよく見れば納得だが、この本、「玉兎(ぎょくと)の望み」(著・仁志浩一郎)で初めて知った言葉だ。

琵琶湖の湖北、国友村の鉄砲鍛冶職人、藤兵衛と貧しさ故に舞妓になったサヨの「月を見るたびに慕う人を思う」、一途な恋を背景に、藤兵衛の仕事を通して人としても磨かれ、理不尽な封建制度に立ち向かう姿を描いた長編ロマンだ。

「うちほんまに藤兵衛はんのお嫁はんになりたかってん、けど今日でうちの心は死ぬねん」
と村から出る、サヨ15歳。
藤兵衛はその時既に一人前の鉄砲鍛冶として家督を継いではいたが平家衆に生まれた手元にはどんなに腕が良くても江戸の飯炊き女程の収入もなかった
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年寄り衆は鉄砲を作らず遊んでいても暮らしが立ち、実際に鉄砲を作る腕を持つのは平家衆であったが娘を売るほどまでに貧していた。年寄り衆の平家衆に対する理不尽な振る舞いも目に余るものがあり、お上に訴えても鉄砲の発注を減らされ更に貧するのは平家衆だった。

これは士農工商の工の中にも年寄り衆と平鍛冶といった階級制度があったことによる。
当初は秩序ある封建国家に見合った制度であったろうがすでに弊害でしかない制度は崩す者の多くの犠牲を経て幕末というあるべき姿と同じ方向に向かっていた。

藤兵衛は腕も立つが世の中の流れの中で己の技を生かす道を見つけることが出来る職人だった。鍛冶師は鉄を鍛えながら己を鍛える、そんな藤兵衛の姿を仁志は描く。
藤次郎は困難の中から国友村を再生する。ひたむきに職人技を生かす事で村に富みをもたらし、やがて長となる。一徹な気持ちと私欲のない生き方を藩主が知りサヨを身請けし2人は苦難を乗り越えて夫婦となる

隠居になった藤兵衛が連れ添うことのできたサヨに語る言葉が実にいい。平和な世に鉄砲はいらなくなると先を読んだ藤兵衛が望遠鏡を完成させた時の言葉だ。

「おそらくお金儲けなど考えず無欲になれたから、できただろう、感応道交の賜物というしかない。」
『感応道交』(手を合わせて仏 さまをおもっていると、仏さまもわたしのことをおもっていて下さる)。という四文字熟語、『玉兎』とともに心に留め置きたい言葉だ。

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by willfiji | 2013-02-09 21:14 | Thnking | Comments(0)

影武者

刎頸(ふんけい)の交わり」、「竹馬の友」とはいうが、こんなにも壮絶に友に尽くすことができるのだろうか

百田尚樹著の「影法師」は涙をぐっとこらえた物語だ。ベストセラーになったデビュー作「永遠の0」を超えたものは話の展開のおもしろさ以上に交わした約束を守る武士の魂が一生を貫く生き方を描きだしたことにあった。

勘一は幼い妹と父とで川釣りに行った帰り道に上士に出会う、下士は土下座しなければならない。母の着物の縫い直しではあったが妹は今日初めて着る着物を汚すまいと手拭を敷いた、上士は「無礼者!」と泥をかける、7歳の勘一は「馬鹿者」と言葉を吐いてしまう。
上士が刀を抜き勘一は覚悟を決める。父は子を守るために刀を抜き斬りかかる。父は死にその時でも貧しい勘一の家の俸禄は半分に減らされ、母の内職でやっと暮らす幼い日々を送る。

下級武士は一生下級武士であったが、私塾で秀でた才を発揮した勘一は特別に藩校通いを許され、そこで運命とも言える文武共に藩校一の彦四朗と出会う。彦四朗は次男ではあったが婿に引くてあまたであって将来要職に就くことは誰の目から見ても明らかだった。

お互いの内に武士の心を知った2人は刎頸(ふんけい)の契りを交わす。国の礎である米を作る農民は下級武士より虐げられている。百姓一揆を企てた者の斬首に勘一は衝撃を受ける。

「潟を開拓することが国を富ませる」と命をかけて直訴する、と覚悟し干拓を彦四朗に頼む。
「まだ待て、今勘一が死ぬのは国のためにならぬ」と言ったその言葉が二人のその後の運命を分ける。

彦四郎は勘一をも欺き、勘一の出世の障害を影武者のように取り除いていく

やがて干潟の工事も着々と進み苦境だった藩の財政も好転する。その功績により勘一は筆頭家老にまで上り詰め、彦四朗は卑怯者の汚名を負ったまま不遇の死を遂げる。死後勘一は人生の節目毎に彦四朗の影があったことに気づく、その為の汚名、不埒な酒飲みとなって出奔した理由を知る。
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報いを求めない犠牲に武士道の本髄を見ると言えば簡単だ。

刎頸(ふんけい)の友」という言葉はロッキード事件で有名になった。調べてみると、「その友人のためなら首をはねられても悔いはないと思うほどの、親しい交わりのこと」。とあった。

物語ではあっても偉大でありすぎる人達に接した時、その足元にでも近づく自分でありたいと思うのが精一杯だ。百田氏の小説に司馬遼太郎に近いものを感じた。

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by willfiji | 2013-02-02 17:04 | Thnking | Comments(0)